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ギブソン ③

 翌日、理人が出社すると、瀬名はもう既に仕事を始めており、真面目にパソコンに向かっていた。  いつもならスルーして自分のデスクに戻るところだが、コホンと咳ばらいを一つして瀬名の傍に立ち止まる。 「おはようございます、部長」 「あ、あぁ。おはよう……昨夜はその、すまなかった。全然気付かなくて……」  言いにくそうに謝罪の言葉を口にすると、瀬名は一瞬驚いたような表情をしたがすぐに柔和な笑みを浮かべて首を横に振った。  そして、椅子を回転させて身体ごと理人に向き直り真っ直ぐに視線を合わせてくる。 「何かと思えば……。あの人は安全だとわかったから退席したんです。少しでも下心がある奴が居たら攫って行ってやるくらいの気持ちだったんですが……」 「な……っ」  思いがけない言葉に、絶句する。まさか、そんな事を考えていたなんて……。 「言ったでしょう? 僕は貴方が好きだって。心配なんですよ……また酔っぱらって見境なく誘ってるんじゃないかと思うと……むぐっ」 「……てめっ、こんな所でする話じゃねぇだろ」  咄嵯に瀬名の口を手で塞ぎ、周囲を見渡す。幸いにも近くを通った社員は居らずホッと胸を撫で下ろした。  いくら他に人の気配がないとは言え、社内で堂々とする話題ではない。 「話を振って来たの、部長ですよ?」 「……私はただ、昨日の謝罪をしただけだっ!」  手を離すと、不満そうな顔で文句を言ってくるが無視を決め込む。これ以上話しても墓穴を掘るだけな気がして、理人はそのまま踵を返そうとした。  だが、その歩みは瀬名に腕を掴まれたことで阻まれてしまい振り向いたタイミングで瀬名がするりと唇を寄せて来る。 「もしかして理人さん……、僕が先に帰ったから寂しかったんですか?」  耳元で甘さを含んだ声で囁かれ、カッと顔が熱くなる。 「ち、ちが……っ! 断じてそんな事はない! 勘違いするなっ!」  必死に否定するが、思わず声が上擦ってしまった。  これでは図星を突かれたと言ってるようなものだ。  けれど、認めたくない。認めたら負けな気がして、理人はキッと瀬名を睨み付けると、力任せにその手を振りほどき足早に自分のデスクへと戻った。  背後からくすくすと小さな笑い声が聞こえてくるが、それを無視して引き出しから書類を取り出すと乱暴な仕草で机の上に広げる。  悔しい事に、ここ最近瀬名と過ごす時間が増えて来てから、以前よりも感情を揺さぶられることが増えた。それが不快で、落ち着かない。 (くそ……調子が狂う)  イライラしても仕方がないが行き場のない感情をどうすればいいのかわからず、一旦心を落ち着けるために理人は喫煙ルームへと向かった。

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