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ギブソン ⑥

 ――最悪だ。まさか、よりにもよって社内で瀬名にイカされるとは……。  理人は自分のデスクの上で頭を抱えながら悶々としていた。  会社であんな風に盛っておいて、しかも人が来る直前までやめる気配がなかった瀬名も瀬名だが、何よりもそんな状況に興奮してしまった自分が信じられなかった。  まさか、会社のトイレで汚れた下着を洗う羽目になるなんて考えたことも無かった。――お陰で今、スラックスの下はノーパンである。  部下たちは眉間に深い皺を寄せ、頭を抱える理人を恐れて近寄って来ない。今日に限って大事な会議やミーティングが入っていなくて助かった。  もし入っていたら確実にミスをしていただろうし、集中力を欠く姿を部下に見せていたかもしれない。 (……仕事が終わったら絶対にアイツをしばいてやる)  今は外回りに出て席を空けている瀬名のデスクを睨み付け、ぎりっと音がするほど奥歯を噛んだ。 「――あ、あの……」 「……あ?」  つい、睨んでしまい、しまったと思った。気が付くと、萩原がオドオドしながら目の前に立っている。  理人はコホンと咳ばらいをすると、椅子ごと体を萩原の方へ向けた。 「あの、今度の忘年会についてご相談なんですが……」 「なんだ?」 「実は幹事を僕がする事になりまして……場所はなんとか抑えたんですが、折角なので瀬名君の歓迎会も兼ねようかという話になりまして……」 「そうか」  理人は腕組みをして考える。  確かに、素行はともかく瀬名は入社したばかりの新人だ。これから他の部署ともかかわっていく事もあるだろう。親睦を深めるという意味でもそういう機会を設けるのも悪くはないかもしれない。 「それで、どうせなら他の部署も交えて派手にやりたいという声が多くて……」 「ふむ、わかった。参加人数等については追って連絡してくれ」 「はい、わかりました」  ぺこりと一礼すると、萩原はそそくさと自分の仕事に戻っていった。理人もパソコンの画面に向き直り、溜まっている書類を片付ける為にキーボードを叩き始める。すると、書類の上にドサリとコンビニの袋が乗せられた。 「チッ――瀬名、君はまたそうやって私の邪魔をするのか?」 「酷い言われ様ですね。差し入れですよ」  そう言って瀬名は理人の耳元に唇を寄せると、彼以外に聞こえないような声色で囁いた。 「理人さん、パンツ履いてんじゃないかと思って。買って来ました」 「……っ、誰のせいだと……っ!」 「だから、悪いと思ったから買って来たんじゃないですか」  理人は思わず舌打ちをすると、乱暴な仕草で瀬名の手から袋を引ったくった。 「……仕方がないから貰っておいてやる! だが、今後あんな事をしたらセクハラで訴えるからな!」 「理人さんにそれが出来るんですか? 自分が男にセクハラされてイっちゃったって事実を公表する勇気が?」 「くっ……」  痛いところを突かれ、言い返す事が出来ない。  そんな理人を横目に、瀬名は鼻歌を歌いながら自席へ戻って行った。  理人は苛立ちを抑えつつ袋の中を確認するとパンツ以外にも缶コーヒーとサンドイッチが入っていたのでチッと忌々し気に舌打ちしてからパンツだけを取り出し素早くポケットに突っ込んだ。  なぜ自分がこんな辱めを受けなければいけないのかと理人は理不尽な気持ちに駆られたが、それこそ瀬名の思う壺な気がして悔しさにギリギリと奥歯を噛み締める。  気が付けばいつも瀬名の手の平のうちで転がされている気がする。それが酷く腹立たしい。これではまるで自分だけが振り回されているみたいではないか――。  こんなはずでは無かったのに……。瀬名との関係を続けて行けばいつか取り返しのつかない事が起きてしまいそうな気がする。  そうならない為にも、やはり瀬名とはこれっきりにしなければ……。  理人は改めてそう心に誓った。

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