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ギブソン ⑧

 どのくらい飲んだのだろう。瀬名のデレデレとした姿を見ているのがなんとなく面白くなくて、いつもよりハイペースでグラスを空けた自覚はあった。  女除けの為に髪型を変えていると言うのなら、今日だって降ろしていれば良かったのに、何故今日に限って髪型を変えたのだろうか?  もしかして、好みの女でもいたのか?  普段の無害そうな雰囲気を醸し出していた時には瀬名に見向きもしなかった女子社員たちが、目の色を変えて群がっている。  綺麗めな、若い頃は読モをしていたと噂のある女が瀬名の太腿に手を置いた。すると、もう一人の派手めの女も競うように瀬名に腕を絡める。瀬名はそれを気に留めることなく満更でもなさそうな表情で女性たちと話をしている。 「チッ、ここはキャバクラかよ」  悪態を吐き、目の前に運ばれてきた焼酎を、一気にグイッと飲み干した。 「ちょ、部長……飲み過ぎじゃないですか?」 「あぁ~? 俺がこん位で酔う訳ねぇだろ。まだ平気だ」 「でも、目、据わってますけど……ただでさえ怖い顔が一段と……」  視線を上げると、違う部署の男が心配そうにこちらを見ていた。確か営業部の奴だ。 「ぁあ?」 「ひぃっ、す、すみませんっ!何でもないですっ」  よく見ると理人好みの爽やかな顔をしている。物凄くイケメンとまではいかないが、中の上くらいはいっているだろうか? 「……お前、綺麗な顔してんな」 「へ? あ、あの……っぶ、部長……?」  突然話しかけられて驚いた様子の彼に構わず、理人はぐいっと距離を詰めると相手のネクタイを引っ張り強引に引き寄せた。 「うおっ! ちょ、ちょっ……!」 「おら、もっとこっち来い」  理人は自分の隣に来るように手招きをする。 「い、いや……でも……っ」 「悪いようにはしねぇよ……」  戸惑っている男の肩を抱き自分の方へと引き寄せる。 「――はぁ、もう。アンタ、何やってるんですか」  すると、堅い声が飛んできて、突然の事で固まってしまった男の代わりに、強く乱暴に腕を引かれ男との間に距離が出来る。  瀬名が理人の肩を抱き、二人の間に割り込んできたのだ。 「おい、邪魔すんな。俺は今からコイツと飲むんだ」 「……はぁ、たく……何ふざけてるんですかもう……ダメですって。ほら、行きますよ!」  強引に腕を引かれ、瀬名に凭れるようにして席を立つ。視界に先ほどまで瀬名を取り囲んでいた女たちが目に入った。  こいつらより、自分の方に来てくれたと思うと不思議と気分が良かった。 「……すみません、萩原さん。二次会のお誘いいただいてたんですが、部長がだいぶ酔ってるみたいなんでお先に失礼します」  ぼんやりと瀬名の言葉を聞きながら、半ば引きずられるようにして会場を後にした。  肌を刺すような冷たい空気が火照った頬や身体に当たり今はそれが心地よく感じる。 「ほら、しっかり立って。全く、何やってるんですか……」 「うるせぇ。てめぇが……安っぽい女どもにへらへらしてんのが悪いんだろうがっ!」 「…………理人さん、それって」 「チッ、なんでもねぇよ。クソッ」 「ヤキモチ、妬いてくれてたんですか……?」 「なっ!? ち、違げぇっ。自惚れんじゃねーぞ」  図星を突かれ動揺する理人を、瀬名はニヤニヤしながら見ている。 「ふぅん、そっかぁ……」 「チッ、死ねっ」  いつものように理人は瀬名を睨み付けるが、アルコールのせいなのか全然迫力がない。瀬名はクスリと笑みを零すと、理人の腰に手を回し歩き出した。 「何処、行くんだ?」 「理人さんは、何処に行きたい?」  熱を帯びた指先が理人の首筋をなぞり、耳元で囁かれる。 「何処って、言わせてぇのか」 「好きなとこで犯してやりますよ」  我慢、出来ないんでしょう? と、甘さの滴る声で瀬名は理人の鼓膜を震わせた。 「っ……ホテル、連れてけよ」 「仰せのままに」  理人は瀬名の服を掴むと、その胸に顔を押し付ける。 「……ばぁか」  瀬名の香水の匂いが鼻腔をくすぐり、心臓が甘く疼く。  早く、この男に抱かれたくて堪らなかった。

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