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ギブソン ⑨
「――あ……、理人さん……あれ、岩隈専務じゃないですか?」
「んぁ? んだよ――……んなわけ……っ」
居酒屋を出て直ぐのホテル街に足を運ぶと、若い女性を連れた会社の上司の姿を発見してしまった。
奥さん、というには若すぎるその女の顔には、見覚えがある。
「……あれ、どう見ても女子高生……ですよね?」
「……ありゃ、朝倉の娘だ」
「えっ!? はぁっ!?」
瀬名は驚きの声を上げる。まさかそんな、だって……
「何回も飲み会で自慢してたからな。間違いねぇよ」
「マジですか……」
そう言えば前に「パパ活」という言葉を聞いた事がある。若い女の子がお金と引き換えに、大人の男性と性的な行為を含む交際をしているとかなんとか……確かそんな内容だった気がする。
パパ活と言えば聞こえはいいが、要するに援交って事だろう。
明らかに鼻の下を伸ばしながら腰を抱きホテルの中に吸い込まれていく二人を呆然と見つめていると、不意に背後から声を掛けられた。
「……あれ? もしかして……鬼塚さん?」
「あぁ?」
振り返ると、若いスーツ姿の男性が立っていて人好きのする笑顔で近づいてくる。
「やっぱりそうだ。いやぁ、相変わらず怖い顔してますねぇ」
「……」
「って、睨まないでくださいよ!」
「誰ですか?」
耳元で瀬名が不思議そうに訊ねて来る。
「コイツは……」
「あ、すみません。自己紹介が遅れました。俺、東雲 薫 って言います」
東雲と名乗った男は、すかさず上着のポケットから名刺を取り出すと、瀬名に一枚差し出した。
「職業、探偵さん……ですか……。すみません、今名刺持ってなくて……鬼塚部長の部下の瀬名です」
「へぇ、部下の、瀬名さん……」
東雲の目が眇められ、意味深に瀬名を見つめる。
「なんですか?」
「いえ、なんでもありません。ところで、お二人はこんな所でナニを……って聞くまでもないですよね」
「……っせーな……」
理人は舌打ちをしながら、苦々しげに呟いた。
「あはは、すいません。ちょっと声かけちゃっただけなんで、気にしないで下さい。じゃあ、また機会があれば」
そう言うと東雲は颯爽と立ち去って行った。
「今の人、知り合いなんですか?」
「……別に、どうでもいいだろ」
理人はそう答えると、目の前にある建物を見上げた。
「チッ……興が削がれた。行くぞ」
「えっ、嘘でしょ!? まさかこのままお預け……?」
「…………ごちゃごちゃ騒ぐな馬鹿。目立つだろうがっ!」
踵を返してタクシーを拾い、早く乗れよと瀬名を促す。
「ちょっと、理人さ……」
「だからっ、うるせぇって……。そのっ……俺ん家でいいだろ……」
「えっ、理人さんの家……?」
「嫌なら無理にとは言わねぇけど……」
「……行きます。行かせてください」
理人が照れて目を逸らすと、瀬名は勢いよく隣に乗り込んで来た。
行き先を告げ、タクシーが走り出す。
「理人さん、俺が嫉妬深いの知ってますよね? あの人とどんな関係か、後できっちり聞かせてもらいますから」
「チッ、てめぇは黙ってヤる事考えとけば良いんだよ」
理人は瀬名の太腿の付け根に手を置いて悪戯な仕草で撫で上げると、挑発的な笑みを浮かべる。
「ちょ、どこ触ってんですかっ」
「あ? 文句あんのか?」
理人はニヤリと口角を上げると、再び太腿を擦り上げながら、手探りで瀬名の中心をスラックスの上から掴む。
「なっ……! 理人さんっ」
「なんだ?」
「くっ……、この、酔っぱらい……っ」
「今夜は……コレで、楽しませてくれるんだろう?」
「ほんっと、タチ悪い……」
瀬名は苦笑すると、理人の手を掴み指先にちゅっ、と音を立ててキスをした。
「期待に応えられるように頑張りますよ」
「上等じゃねぇか……」
妖艶に微笑んだ理人の指が瀬名の顎を持ち上げ、暗闇の中で二人の唇が重なった。
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