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スティンガー ②
「結婚おめでとう!」
「ありがとうございます」
沢山の祝福を受け、純白のドレスに身を包んだ花嫁は幸せそうな笑顔を浮かべている。
その横で本日の主役である部下の萩原聖哉が照れくさそうに笑っていた。
小さな教会で行われた結婚式は慎ましやかに執り行われ、厳かな雰囲気の中、誓いの言葉が交わされ、指輪の交換がされた。
部下の式に出席し見届けるのは、これで何度目だろう?
結婚願望なんてもとより持ち合わせていないが、うれし涙を浮かべる両家の両親を見ていると、自分の親に申し訳ないようなそんな複雑な感情が湧き起こってくる。
「鬼塚君、君もブーケとスに参加してみたらどうだ?」
花嫁の周りに群がった若い男女を少し遠巻きに見ていると、不意に理人の上司でもある岩隈が肘で突いて来た。
「あ、いえ……私は……」
「キミもいい年齢なんだから、そろそろ身を固めた方がいいんじゃないのか?」
その方が格好がつくと言われ、理人は思わずチッと舌打ちをしてしまう。
確かに、この歳になれば結婚したり子供がいてもおかしくはない。だが、そもそも恋愛事には興味がない理人にとっては結婚なんて別次元の話だと思っている。
「私は、他人と一緒に暮らすのは向いていないので……子供を持ちたいとも思ったことは無いですし」
「まあ、君は仕事一筋だからな。だが、家庭を持つって言うのはなかなか良いものだよ。私のように年老いてから孫を抱くって言うのは格別に幸せな気分になれるものだ」
「……はぁ」
嫁が居るのに堂々と援交している変態のくせに、よくもまぁそんな事が言える。
喉元まで出かかった言葉をグっと呑み込んで、適当にはぐらかすと理人は岩隈の側を離れ、そっと輪の中を抜け出した。
これ以上、岩隈の側に居たら言わなくていい一言を言ってしまいそうだ。 彼は理人が入社当時から何かと目をかけて育ててくれた恩人であり、自分を部長職へと推薦してくれた人物である。
理人が出世出来たのは彼の助力があってこそだし、彼のことは上司として尊敬していた。
だが、プライベートの事となると話は違う。 岩隈の女癖の悪さは社内でも有名で、愛人も複数人居るらしい。
自分の性癖を棚に上げて言うのもなんだが、正直言って気持ちが悪い。
美人な嫁がいるのに、何故浮気や援助交際をするのか理解に苦しむ。
他人の色恋沙汰など全く興味が無い理人ですらそう思うのだから、当然、周りはもっとそう感じていることだろう。それなのに、当の本人は平然とした顔をして愛妻家面をしている。
本当に人間と言う生き物はよく分からない。 萩原も、後10年ほどしたら、この岩隈のようになるのだろうか?
いや、萩原はまじめな男だ。そうはならないと信じたい――。
そんな事を考えながらぼんやりと夫婦になったばかりの二人の姿を眺めていると、不意に背後から名を呼ばれた気がして振り返る。
「やっぱり! 理人じゃないか!」
「……透……」
そこには、スーツ姿の従兄弟の姿があって理人は驚きに目を丸くする。
「お前、こんな所で何やってるんだ……」
「それはこっちのセリフだよ。俺、あの二人と大学が一緒でさ、アイツらをサークルで世話してたんだ 本当はもう一人呼ばれてたんだけど、用事があって来れなくて……。良かった。一人だったからちょっと心細かったんだよなぁ」
心底ほっとしたような表情をする透の姿に、理人は苦笑する。
「そう言う理人は? 此処にいるって事はどっちかと知り合いなんだろう?」
「あぁ。萩原は俺の直属の部下だからな……。結婚式に出るようなガラじゃねぇが、どうしても出席して欲しいって頼まれて仕方なくだ」
「へぇ、そうなのか。そんな偶然ってあるんだな」
「全くだ」
そう言えば、以前飲みに行ったときに、来月後輩が結婚するとか何とか言っていたような気もする。 それがまさか自分の部下だとは夢にも思わなかったけれど。
「それにしても……」
理人は目を細めて、目の前に立つ透の姿を上から下までじっくりと見つめる。
「なんだよ。俺の服、変かな?」
「いや……」
清潔感のある黒のジャケットにグレーのパンツ、そしてストライプの入ったシャツにネクタイというスタイルはシンプルながらもセンスの良さが滲み出ている。
「ふ、馬子にも衣裳だなと思って」
「たく、酷いな。理人は……理人と違って、俺はスーツ着慣れてないから……」
「ああ、普段ラフな格好しか見たことなかったからな。なんか、今日はやけに大人っぽく見えるな」
「まぁ、もういい大人だし?」
「違いねぇ」
お互いに目が合って、どちらかともなく笑みが零れる。幼い頃から一緒に遊んできた気心の知れた仲であるからか、その時間は妙に心地良く、まるで昔に戻ったかのような錯覚に陥る。
だが、そんな楽しい時間を割くような声が聞こえてきた。
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