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act.5 ジプシー~しばしの別れ~
あの日から一週間。瀬名は本当にぴたりと理人に触れて来なくなった。以前は平日なら3日に一度は一緒に飲みに行き、帰りにホテルで……というのが定番の流れになりつつあったのに、流石に今回は自分が悪かったと思ったのか、ビジネス上の会話以外は一切しなくなり、終業後もさっさと定時で上がってしまうことのほうが多くなった。
最初のほうこそ、金魚の糞のように付き纏ってくる存在がなくなって何処かホッとしていた理人だったが、流石に1週間もプライベートでの交流が無いと何故か落ち着かない気分になってくる。
けして期待していたわけでは無いが、キスだけならOKとの約束を取り付けた時点で、何かしらのアピールがあるのでは? と予想していた。
ひとくくりにキスと言っても唇にだけとは限らないから、瀬名の事だしなんだかんだと理由を付けてはきわどい所にキスをしたりするんじゃないか……なんて考えていたのに。
それにしてもあまりにも素っ気なさすぎる。……別に、期待していたわけじゃない。だけど、もう少し何かあってもいいんじゃないだろうか?
そんな事を悶々と考えながらも年末の仕事に追われていると、瀬名のデスクを囲むように数人の女子が集まっているのが見えた。
あれは確か、忘年会の時に瀬名と一緒だったOL達だ。
相変わらず仕事モードの時には前髪を下ろし、伊達眼鏡を掛けてはいるものの、素顔を見てしまった女子にそれはどうやら通用しないらしい。何を話しているのかまではわからないが、楽しそうな雰囲気だけは伝わって来る。
(仕事中に他の課に入り浸ってるんじゃねぇよクソッ)
理人が内心イラついていると、瀬名がほんの一瞬だけこちらを振り返り目が合ったような気がして、慌てて目を逸らす。
だがすぐに、何もやましいことなどしていないのだから逸らす必要などなかった事に気が付いて、理人はチッと舌打ちをした。
そんな理人の様子など微塵も気にしていないのか、静かな室内に彼女たちのきゃぴきゃぴとした声だけが響いている。
この年末の忙しい時期にさぼりか? 営業部の女どもはそんなに暇なのか?
瀬名も、彼女たちと話している間は完全に手が止まってしまっている。……もっとも、彼の場合はこうやって雑談をしていたとしても終業時刻までにはきっちりと、自分の持ち分の書類は全て文句の付け所がないくらい完璧に仕上げてくるし、新婚旅行へ行って居ない萩原の案件まで瀬名が代役として出来ることをしてくれているから、特に問題はないのだが……。
なんだろう、個人的にすごく面白くないしモヤモヤする。
こんな時は係長の朝倉がそれとなく注意を促してくれてもいいと思うのだが。
こちらはここ数日上の空で、ただでさえ悪い作業効率が更に下がってしまっている。
(チッ、本当に使えねぇ野郎だな……)
理人は眉間にシワを寄せながら、目の前の資料を睨み付けた。
その後も、度々女子たちの黄色い笑い声が聞こえてきて集中出来ない。
落ち着け。今日は金曜日だ……。さっさと仕事を終わらせて定時で戻れるように頑張ればきっと――。
*****
終業時間になり、ふと、気が付いた時にはもう瀬名の鞄はなくなってしまっていた。
トイレにでも行っているのか? とも思ったが10分経っても戻ってこないので、きっと帰ってしまったのだろう。
以前までの瀬名だったら、金曜の夜になれば当たり前のように理人の仕事が終わるのを待ってくれていたのに……。
別に約束を取り付けていたわけじゃないし、泊まりに来いと言った覚えもない。
だから、瀬名がいつ何処で何をしようが、理人に咎める権利など無い筈なのに。
「……一言くらい、言えよアホが……っ」
ぎりっと、音がしそうな勢いで歯噛みして拳を強く握りしめると、理人は苛立ちをぶつけるようにダン! と机を叩き立ち上がった。
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