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ジプシー ②

「――はぁ~……」  結局、理人は会社を出るとまっすぐに家に戻らず、気が付けば一人でナオミの店へと足を運んでいた。 「あら? 今日は一人なの? 珍しいわね。喧嘩でもした?」 「……別に。つか、なんで俺がいつもアイツと店に来ることが前提なんだよ」 「だって……、ねぇ?」  そう言いながらも、机に突っ伏して暗雲漂わせている理人を眺め、近くにいた湊と顔を見合わせる。 「あいつは来ねぇよ。今頃は、女たちと楽しくやってるんだろ」  就業直後、見知らぬ女が瀬名を迎えに来ていたらしいという話を近くにいたほかの社員たちから聞かされた。 自分には浮気はだめだの、なんだのと散々言って好き勝手しておいて、体の関係を断った途端これだ。  今頃はきっとハーレム状態で鼻の下を伸ばし、好みの女性とホテルにでも連れ込んでいるのかもしれない。 「…………はぁ……酒くれ。なんでもいい。強めのやつ」 「いいけど……飲みすぎちゃだめよ?」 「うるせぇな。いいから黙ってさっさと作ってくれ」 行き場のないモヤモヤとした感情をどうすることも出来なくて注文をするとナオミから釘を刺されてしまった。 今日はとことんまで飲みたい気分だ。ナオミはそれ以上何も言わず小さくため息を吐いて、シェイカーを振り始める。 「どうぞ」 グラスに入った琥珀色の液体をカウンターに置くと、理人はそれを受け取り、一気に喉に流し込んだ。 喉が焼けるような感覚と濃厚なアルコールの香りが鼻から抜けていく。 その味に、少しだけ気持ちが和らいでいくような気がした。 ――が、やはり心の中に生まれた黒い霧のような感情が晴れることはない。 「チッ……クソがっ!」 理人は苛立たしげにそう吐き捨てると、ドンと乱暴にグラスをテーブルに置いた。 「……随分、荒れてますねぇ……喧嘩でもしたのかな?」 ほかの接客の合間に、湊がそう呟いたのが聞こえた気がした。 瀬名絡みで理人がこうなることは珍しくはないが、理人は基本的に他人には心を開かないし、こんな風に感情を剥き出しにして荒れることはあまりない。だから心配なのだろう。 「喧嘩っていうよりこれは多分……拗ねてるのよ、きっと」 「えっ!? 理人さんが!?」 「おい、ケンジ。聞こえてんぞ!」 ナオミの言葉に湊が素っ頓狂な声を上げると、理人がすかさず睨みを利かせてくる。 「あっ、ごめんね理人さん……そんなに怒らないでよ」 「……チッ」 湊はバツが悪そうな顔をして頭を掻くと、愛想笑いを浮かべてその場を取り繕った。 「ほんっと、酒癖が悪いんだからっ。――で? 八つ当たりしてないで話してみなさいよ……。何があったの?」 空いたグラスを、新しいものと入れ替え、不機嫌オーラ全開の理人の顔を覗き込む。 理人はしばらく無言のままむすっとしていたが、やがてボソっと呟くように口を開いた。 「うるせぇな……別に何もねぇって言ってるだろうがっ」 「あーもう……嘘が下手なんだから……。ほら、話してみなさい? 聞くだけ聞いてあげるから。どうせ、あんたの事だからまたくだらないことで意地を張ってるんでしょ?」 「うっせ、ばーか」 「だいぶ酔って語彙力無くなって来てるわね……」 理人はすっかりへそを曲げてしまったらしく、頬杖をつきながらふて腐れた表情で酒を煽っている。

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