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ジプシー③
「まぁ、その様子だと……瀬名君がほかの女の子と仲良くしてるのが気に入らない……とか、そんなところでしょう? あの子、普通にモテそうだし。アタシのタイプじゃないけど」
「……」
理人は図星だったのか、黙り込んでしまった。それを肯定と受け取ったナオミはニンマリと笑みを浮かべると、身を乗り出して理人の耳元に口を寄せる。
「ふぅん、そっか……やだ、理人ってば可愛いとこあるのねぇ……これは、お赤飯炊かなきゃかしらっ」
「……おい!」
「だってぇ、理人が若い男に振り回される日が来るなんて! そんなの、面白す……ゴホンッ一大事だわっ!」
「…………今、面白すぎるって言いやがったな?」
「やだぁ、気のせいよ。気、の、せ、い! 怖い目で凄まないで頂戴っ!」
肩を掴んで凄む理人から、ナオミはわざとらしく体を反らして距離をとる。だが、その顔はにやにやしており、心底楽しそうだ。
完全に面白がっているその態度に、理人の苛立ちはさらに募っていく。
「相手のことを思って胸が苦しくなったり、モヤモヤしたり……。相手の行動一つ一つに一喜一憂するなんて、それはもう、恋よ、恋――!」
「あ? 何言ってやがる。脳みそ沸いてんのか?」
理人は眉間に深いしわを寄せ、ナオミを睨み付けた。
だが、ナオミはまったく動じることなく野太いキンキン声を上げながら、指先を唇に押し当て間違いないわと、ウインクを一つ寄越した。
「俺が、恋……だと? ハッ、くだらねぇ」
「くだらなくないですよ。……っていうか、もしかして理人さん、初恋……ですか?」
「……」
「あ、図星なんですね」
否定しようとしたものの、あまりにも的確に指摘されたので言葉に詰まる。
恋愛なんてくそくらえだと思っていた。愛だの、恋だのに振り回されるなんて下らない。
けれど、こんなにも自分の心を掻き乱されるのは初めての経験だった。
「理人は今までずっと思われる側が多かったから、わからないのよ。アラサー半ばにしてついに理人にも春が来たのねっ!」
ナオミはウキウキと弾む声で言いながら大きなジョッキにビールを並々と注ぎ、リンゴジュースのグラスを持った湊とカンパーイ。と、言ってグラスを合わせ乾杯する。
「ほら、理人っ、なにそんな意外~って顔してんのよっ! 今日は祝い酒なんだからもっと飲みなさいっ!」
「てめぇは自分が飲みたいだけだろうが! それに、勝手に祝ってんじゃねぇぞクソがっ」
「もぉ、素直じゃないんだから! 好きなんでしょう? 瀬名君のこと」
「…………あんな奴のことなんて、別に俺は何も……」
「たく、そんなこと言って……。あの子が女の子と付き合うとかってなったら絶対に嫌なくせに」
「……チッ」
ナオミの言う通りだ。正直、アイツが他の女と寝ているとか考えただけで腸が煮えくり返りそうになる。
だが、それを恋だと認めるのは、なんだかすごく悔しかった。
「はぁ……俺がアイツのことを好き……? ありえねぇだろ……」
「どうしてそう思うの? だって、理人は瀬名君と居ると楽しいんでしょう?」
「……別に」
「いっつも店に来るとき、顔に楽しいって書いてあったわよ」
「はぁ!? 書いてねぇよ馬鹿」
「はいはい。そういうことにしておいてあげるから」
理人は慌てて否定したが、ナオミはニヤリと笑ってそれを流す。
「ちゃんと素直にならないと、いつか後悔するわよ」
「……うっせ……」
そんなこと言われたって、何をどうしていいのかわからない。理人は盛大な溜息を吐くと残っていた酒を一気に煽った。
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