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ジプシー ⑩

目が覚めると、周囲は闇に包まれていた。右腕だけがやけに冷たい。上掛けから出ていた腕を引き込むとそこだけすっかり冷えていた。  その冷たさに思わず眉を寄せる。気が付けば、眠りに落ちる寸前まで自分の横に居たはずの瀬名の姿が跡形もなく無くなっている。風呂にでも入っているのかと思ったがそれにしては物音がしなさすぎる。もしかして、昨夜の事は全部夢だったのだろうか?   そんな考えが頭を過り体を起こすと、鈍い腰の痛みに思わず顔を顰めた。夢じゃない……確かに彼は此処に居て、昨夜は散々…………。  昨夜の情事が脳裏に蘇って、理人は慌てて首を左右に振ると両手で顔を覆った。恥ずかしさに見悶えつつ、部屋の明かりを付けた。  シーツを腰に巻き付けリビングを覗いて見れば、瀬名のカバンが無くなっている事に気付いた。  今日は始発の新幹線で出ると言っていたから、着替えや色々な準備をしに家に戻ったのかもしれない。  ――どうして昨夜、配慮してやらなかったんだと、自責の念に駆られる。  スマホで時刻を確認してみれば、既に朝5時を回った所だった。瀬名が家に戻ってからどのくらい時間が経過しているのかはわからないが、そろそろ出発の準備が終わっている頃だろうか。  理人は瀬名に連絡しようとスマホを手に取った。電話をしようとした所で思い留まる。  今、電話なんてして自分はどうするつもりなんだ? 瀬名にどんな声色で話し掛けるのか、そもそも何を話すのか。  これじゃぁ、寂しいと言っているようなものじゃないか。我ながら女々しい思考に嫌気が差す。  たかだか1週間ほど出張に行くのに寂しいってなんだ。あり得ないだろ……。 「ハッ、くだらない……」  理人は小さく呟くと、スマホをローテーブルに放り投げた。そしてそのままベッドに戻り布団を被る。  何時もの起床時間までは後2時間ほどある。だが、何故か二度寝する気にはなれなかった――。 ****  瀬名が出張に出かけて3日目。いつものとうり出社すると、何人かの社員が既にデスクについているのが見えた。理人は自分の席に着くと、鞄の中から資料を取り出し仕事に取り掛かる。  昨日から旅行を終えた萩原が出社してきて、オフィス内はいつもの喧騒を取り戻そうとしていた。  そんな中――。 「ねぇ、聞いた? 岩隈専務、パパ活してたんだって!」 「えーっ、嘘でしょ!?」  女子社員二人がキャッキャとはしゃぎながら話す会話が耳に入ってきた。  専務が……パパ活……? 一瞬にしてざわめき立つオフィス内。  そう言えば、以前……朝倉の娘とホテルに入るのを見た気がする。  デスクに積まれている書類を確認しつつ、チラリと係長の方へと視線を移した。   ただでさえ冴えない顔をしていると言うのに、今日はまた、一段と青白い顔をしている。  この様子だと、自分の娘が専務の相手だと気付いているのかもしれない。    まぁ、自分には関係のない事だ。

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