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ジプシー ⑪

理人ははぁ、と息を吐くとオフィスをぐるりと見渡して言った。 「おい、お前ら。雑談するのは構わないが、ほどほどにしとけ。せっかくの楽しいクリスマスが仕事漬けになってもいいのか?」  その言葉に室内はシンと静まり返った。  それは困るとばかりに、業務取り掛かるメンバーを見て、理人はヤレヤレと肩をすくめた。  後、4日もすれば皆が楽しみにしているクリスマスがやって来る。恋人のいない自分には全く関係のないイベントだが、この時期になると何故か皆、ソワソワと浮足立って作業が滞りがちになるのはどうにもいただけない。  毎年、仕事をほっぽり出してデートに行こうとする輩が一定多数いるので、いつも以上に目を光らせていなければならず、咎めようものなら鬼だの悪魔だの酷い言われようで、毎年この時期は気苦労が絶えなかった。 「そういえば、部長は彼女さんと予定とか無いんですか?」 「あ? 愚問だな……てめぇらが浮足立ってるせいで毎年、仕事が山積みになっている私に、そんな暇があるとでも?」  突然、入社2年目の男子社員から声を掛けられ、理人はギロリと睨みつけた。 「ひぃっ、すみません……」 「フン、わかったらさっさと持ち場に戻れ」  理人が顎でしゃくれば、そそくさと去って行く新人の背中を見送りながら、理人は再び溜息を吐く。どうせ今年もイブも仕事になるのだろう。例年のように仕事終わりに何処か手ごろな野郎を引っ掛けにホテルに行って楽しむのもいいが、今年は……。  ふと、瀬名の顔が頭を過って、慌てて首を振る。何を考えているんだ。別に瀬名と付き合っているわけでは無いのだから、気にする必要なんてないじゃないか。それに、どうせクリスマスもアイツは大阪の地に居るはずだ。一緒に過ごしたいとかそんな願望を抱いている訳では断じてない。  理人は自分に言い聞かせるようにして、頭に浮かんだ瀬名の顔を慌てて掻き消した。  そう言えば、最近忙しすぎて課長の様子を看に行けていなかった。年末の忙しくなる前に一度顔を出しておいた方がいいだろう。年明けには退院できるはずと言っていたから、復帰の時期なども聞いておかなければいけない。理人は頭の片隅でそんな事を考えつつ、目の前の仕事に没頭する事にした。

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