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ライラ ⑤
理人がデスクに戻るなり、萩原が書類の束を持って駆け寄って来るのがわかった。
「部長、探しましたよ! すみません、これを大至急確認していただきたいのですが……」
「……あぁ」
受け取った資料に目を通しながら、チラリと萩原を盗み見た。この男も、瀬名との秘密を知ったら軽蔑の眼差しを向けて来るのだろうか?
性の多様化が少しずつ広まってきているとはいえ、朝倉のような反応をする者はまだまだ沢山いる。
いずれこうなることくらい予想は出来ていた。だから、会社や自分の仕事に関わりそうな奴と関係を持つのはずっと避けていたのに……。
理人は無意識のうちに拳を握り締めていた。掌に爪が深く食い込み血が滲んでいる。
「部長?」
「――このグラフでは、何を一番伝えたいのかわからないな。 もう一度コンセプトを読み込んで考え直してこい。新婚旅行明けで頭が回ってないんじゃないのか?」
「ッ、……わかりました」
「あと、この企画書のこの部分だが……」
理人は気を取り直すように萩原にアドバイスを送りつつ、パソコンを開いた。
朝倉があのデータを何処かにバックアップを取っていて、ばら撒く可能性は0ではないが、不必要に怯える必要は無いだろう。
まぁ、朝倉の娘が岩隈の相手だと言う証拠なんて持ってはいないけれど小心者のアイツが溺愛する娘の事を暴露されるとわかっていて、リスキーな事をするとは思えない。
理人は椅子に深く座りなおすと、溜まっている仕事を片付け始めた。
だが、朝倉に吐き捨てるように言われた言葉だけがずっと心に棘のように突き刺さり、理人の気分をいつまでも落ち込ませていた。
******
『気色悪ぃ』
朝倉の言葉が頭の中から離れず、何となく一人になりたくなくて、理人は仕事終わりのその足で気付けばナオミの店にやって来てしまっていた。
カウンター席でモスコミュールをちびちびと飲みながら、チラリと店内の様子を窺う。クリスマス間近という事もあり、平日にしては珍しく客が多く入っている。
やはりと言うべきか、今日はやけにカップルの姿が目に付いた。組み合わせも様々で、この店では性別関係なく恋人として受け入れられている事がわかり、荒んでいた心が少しだけ癒される気がした。
思った以上に朝倉の言葉が堪えていたようだ。
わかっていた事だが、面と言われるとやはりキツイ。
今までの自分の存在そのものを全否定されたような気がして、酷く惨めな気持ちにさせられた。
「――はぁ……」
もう何度目か分からない溜息を吐き、バーカウンターに突っ伏すると髪を掻き上げながら、グラスに残っていた酒を全て飲み干した。
「あら、今日はまた一段と凹んでるわねぇ……。まだ、瀬名君と拗らせてるの?」
目の前にウィスキーの入ったグラスがことりと差し出され、それをチビチビと飲みながら重い息を吐きだす。
「……別に、そんなんじゃねぇよ」
「じゃぁなぁに? なんでそんな暗い顔してるのよ」
「……」
理人は答えずに、グラスの中の氷をカランと鳴らす。そして徐にポケットから煙草を取り出すと口に咥え火を付けようとした。
「あら? 理人ってば銘柄替えたの? 随分とヘビーなの吸い始めたのね」
「……あ、あぁ」
しまった。いま咥えたのは瀬名の愛用している銘柄だ。理人は慌ててそれを箱に戻すと誤魔化すように新しいタバコを取り出した。
すると、それを見ていたナオミが何かを察したのか頬杖をついてニヤリと口角を上げる。
「なんだかんだ言って、ラブラブみたいで羨ましいわ~」
「は? 何意味わかんねぇ事言ってやがる! 俺は別に……」
「でもさっきの、瀬名君がよく吸ってるヤツでしょ? なぁんで、理人が持ってるのよ」
「そ、それは……っ」
動揺しすぎて上手く言葉を紡げない。ナオミは相変わらずニマニマとした笑みを浮かべてこちらを見ている。
「……たまたまだ。アイツが家に忘れてったから……それで、返すつもりで……」
「ふぅん? 理人の家に行くような間柄なのね?」
何を言っても墓穴を掘ってしまう。これ以上言い訳を重ねれば重ねるほど、ナオミを面白がらせるだけだ。
「面倒くさいからワンナイトしかしない! って豪語してたのにねぇ~」
「チッ……五月蠅い!」
「おー怖い怖い」
ぎろりと睨み付けると、ナオミはからかいすぎたかとばかりにペロリと舌を出し、簡単なスナックの盛り合わせを理人の前に置いて、そそくさと他の客の方へと行ってしまった。
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