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ライラ ⑪
あの夜から3日が過ぎた。街角を彩る華やかなイルミネーションや店頭に並ぶクリスマスケーキのパッケージ。どこもかしこも浮ついた雰囲気に包まれ、街中が華やいでいる。
そんな中、理人は一人店を訪れ、怖い顔をして唸りながら商品を覗き込んでいた。 今まで、特定の相手を作ったことは無かった。クリスマスプレゼントなんて自分には無関係だと思っていたのに、まさか自分がこんなにも商品選びに悩む日が来るなんて。
――瀬名に、何を贈ればいい? 正直、何も思いつかない。
別に、恋人でも何でもないのだから、贈り物なんて必要ないだろう。そう、思っていたのだが……。先日その話になった時、ナオミに叱られるは、湊に甲斐性が無いと罵られるわで散々な目にあったのだ。
「――はぁ……」
「――はぁ……」
思わず溜息が洩れるのと同じタイミングで背後から同じような溜息が聞こえて、理人は驚いて顔を上げた。相手も同じだったのかばっちり目が合ってしまい、お互いが目を丸くする。
「って、透!?」
「ハハッ、誰かと思ったら……偶然だな。驚いたよ」
「お、おう……お前こそ」
「オレは、まぁ……ちょっと買いたい物があってさ……」
そう言って透は言葉を濁す。恋人へ送るプレゼントを買いに来た……にしては、浮かない顔だ。それに、此処は男性用の商品を取り扱っている場所だ。
もしかして、クリぼっちは寂しいので自分専用のプレゼントでも買いに来たのだろうか?
――あり得る。先生という職業は年末も色々と忙しいのだと言っていたし、彼女がいると言う噂も最近は全く聞かない。 となると、予想は大方合っているのではないか。
そう思い、理人は少し同情した眼差しで目の前の男を見つめた。
「……透も大変だな」
「え? 急になんだよ」
「だって、お前彼女いないんだろ? クリぼっちは寂しいもんなぁ」
「…………は?」
一瞬、何の事だと言わんばかりにぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに察したらしく、困ったように頭を掻いた。
「あー、まぁ……彼女は確かに居ないんだけどさ……。どうしても、クリスマスだけは空けといてくれってうるさいのが居るんだよ……」
「……それってもしかして」
「ご、誤解するなよ? そういうんじゃないぞ……っ」
理人の視線に、慌てて手を振って否定する。そんな反応をするということは、恐らく少なからず、好意を持っている相手なのだろう。内心意外だと思ったが敢えて詳しく尋ねるような事はしなかった。
「理人の方こそ、こんな店で唸ってるって事は例の番犬君へのプレゼントか何かだろ?」
ニヤリと笑みを浮かべながら指摘され、ギクリと身体を強張らせる。どうしてこいつはこう勘が鋭いのかと理人は小さく舌打ちをした。
「まぁ、そんなところだ……」
透相手に嘘を吐いても仕方がない。理人は諦めて肯定すると、「やっぱりな」と納得した様子で微笑まれる。
「で、どんなのにするか決まったのか?」
「いや、それが……何が良いのかさっぱり分かん」
「ハハッ、実はオレも」
結局二人揃って頭を悩ませてしまう。そもそも、こういったことに疎い人間には難易度が高い。何より、相手が男なのだから尚更だ。
「もう、二人で選んだ方が早いんじゃないか」
「ああ、そうかもな……よし、そうしよう」
このまま一人で考えていても、良い案など出てきそうにない。どうせ、選ぶならお互いに相談しながらの方が効率的だ。
二人は連れ立って店内を見て回る。
アクセサリー、キーケース、財布……下着。様々なものが並んでいるが、どれもいまいちピンと来ない。
理人と透は、はぁ……と再び溜息を零すと、どちらからともなく足を止めた。
「オレ、センス無いんだよなぁ……」
そう呟く透の手元付近に視線を移せば、色とりどりのマフラーが陳列されているのが目に映った。
「これとかどうだ?」
理人が手に取ったのは鮮やかな赤色をしたカシミア素材のマフラーだった。一目で上質なものと分かるそれは暖かく保温性に優れているだけでなく手触りも良い。色合い的にも瀬名のイメージに近い気がした。何より、カジュアル過ぎないデザインが自分の好みとマッチしている。
「うん、良いと思う。理人にしては意外とまともなんじゃないか?」
「おい、一言余計だぞ」
むっとした表情を浮かべる理人を無視して、透はその隣に置いてある青灰色のチェック柄のものを手に取り、まじまじと見つめている。
「そっちも捨てがたいけど、こっちもなかなか良さそうだな。なぁ、理人。こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
「うーん……そうだな」
理人は腕を組み、二つのマフラーを交互に見比べる。
「どうせなら自分用と2つ買えばいいじゃないか」
「あぁ、そうか。それもいいな」
そう言って、透は納得すると早速店員を呼び止め、プレゼント用にラッピングしてもらうように頼んでいる。その様子を見て、理人も瀬名に渡すものとは別に自分のものも一緒に購入することにした。
後2日……2日経てばアイツが戻って来る。
そうしたら真っ先にこれを渡そう。果たして喜んでくれるだろうか……?
透と別れて帰路に着く。 そんな風な事を考えるようになった自分が何となく可笑しくて、理人はふっと小さく笑みを溢した。
空は生憎の曇天で、今にも雨が降り出しそうな天気だったが、何故か不思議と気分は晴れやかだ。
――早く、あいつの顔が見たい。
胸中に燻る想いがいつの間にか芽吹いているのを感じながら、車通りの少ない道を軽やかな足取りで歩いていく。
すると突然、薄暗い路地裏の左手から真っ黒い車が飛び出してくるのを理人は確認した。ヘッドライトの強烈な灯りが眩しくて前が見えない。
巨大な猪のような車は、理人に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。
「――理人さんっ! 危ない……!!」
――え? と思った瞬間、物凄い力で突き飛ばされ、道路脇の茂みに勢いよく倒れ込む。それと同時に聞こえて来たドンという何かがぶつかる音に、嫌な予感を覚えながら顔を上げれば――。
(瀬……名……?)
此処にいるはずのない瀬名が血まみれになって倒れていた――。
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