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act.7 キール

 目の前にじわじわと広がる血だまりに全身の血の気が引いていく。  心臓がバクバクと煩いくらいに鼓動し始め、呼吸が浅くなっていく。  瀬名はぐったりと地面に横たわりピクリとも動かない。その顔色は紙のように白く、瞳は固く閉ざされたまま。  ――瀬名が……何でこんな所に……いや、それよりも……自分のせいで……! 呆然と立ち尽くしていた理人はハッと我に返ると、慌てて瀬名の元へ駆け寄った。 「瀬名! 瀬名っ!! しっかりしろ……っ、き、救急車……っ」  パニックを起こしながらも何とか携帯電話を取り出し、震える手で119番のボタンを押した。たったこれだけの事なのに手の平に変な汗が滲み、スマホが滑って落ちそうになる。コール音がやけに長く感じられ、永遠とも思える時間が流れる。 「チッ、早く出ろよクソがッ」  焦ってはいけないと理解はしているが、気持ちばかりが急いてつい口汚く悪態を吐いてしまう。そうこうしている間にも時間は刻一刻と流れていき、ようやく救急車の要請が済んだ頃には事故から既に5分が経過していた。 「おい、大丈夫か!?」  そっと胸に耳を押し当てると、とくん、とくんと弱いながらも心拍を感じる事が出来た。  まだ生きてる――! その事実に少しだけ安堵して息をつく。しかし、身体は異常なほど冷たく、唇も色を失っている。  理人は慌てて自分が着ていたジャケットを脱ぐとそれを瀬名の身体に被せて抱き締めた。耳元でかろうじて浅い呼吸音が聞こえてくる。  不意に頬に、冷たい雫が滴った。  視線を上げると、暗い空から糸のような雨が静かに降り注いできた。それは見る間に濃くなって、周囲を包み込んでいく。 「……ん……理……さ……」  その時、微かに身じろいだ瀬名に気づき、理人は慌てて身を離す。 「……瀬名? おい、俺だ。理人だ……分かるか?」 「……理……さ……よか……った」 「喋るな。お前はもうすぐ病院に連れて行って貰えるから安心しろ」  氷のような手を握り締め、色を無くした顔を見つめながら、理人は必死で言葉を紡ぎ出す。 「僕……理人、さん……に会えて……幸せ……でした」 「……っ、っかやろ……。縁起でもない事……っ言うんじゃ……ねぇよ……ッ」  喉の奥からこみ上げてきたものを堪えきれず、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。今ここで、自分が取り乱してはいけない。頭ではわかってはいるものの、心がついて行かない。  カハッと口から血液を吐き出し、呼吸が乱れ始める。苦しそうに咳き込み始めた瀬名を、強く抱きしめることしか出来ない自分が情けない。何処か遠くから聞こえてくるサイレンの音を聞きながら理人は奥歯を噛みしめると嗚咽を殺した。  神様も、運命なんてものも生まれてこの方信じたことは無いが、頼むからコイツを連れていかないでくれ……と。この時ばかりは本気で祈らずには居られなかった。

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