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キール ②
ほどなくして到着した救急隊員に瀬名を託し、以前東雲から受け取っていた瀬名についての報告書を見て彼の両親へと連絡を入れた。その後、駆け付けた警察官からの事情聴取を受け、理人が搬送先の病院へとたどり着いたのは日付の変わる少し前の事だった。
幸い瀬名はすぐに処置を施され、現在は手術室の前で待機するよう看護師から指示を受けている。
理人はソファへ腰を下ろすと両手を膝の上で組み、祈るような思いで手術中のランプが消えるのを待っていた。
手の震えが止まらず、まるで小動物みたいにガタガタと怯えているのが自分でもよく分かる。瀬名にもしもの事があったら――そんな最悪の事態ばかりを考えてしまい、思考がどんどん悪い方向へ傾いていく。
「――あの……っ」
どのくらい時間が経っただろうか? ふと声をかけられて理人は顔を上げた。見れば、60代と思しき女性が青白い顔をして立っていた。
一目で瀬名の母親だと認識できるくらいに、彼女の面影が瀬名とよく似ていていて驚いた。
「もしかして……貴方が電話をくださった……」
「はい、上司の鬼塚と申します……今日は突然電話してしまい申し訳ありませんでした」
「やっぱり! じゃぁ、貴方が理人さんなのね? 常々息子から話は伺っております」
「は、はぁ……」
常々……一体アイツは自分の親に何を話しているんだ!?
一瞬にして背筋が凍りつくのを感じながら理人が曖昧に返事をすると、「それで……あの子は……?」と瀬名の母が遠慮がちに訊いてくる。
「……今は、手術中です。詳しい状況は分かりませんが、今のところ命に別状はなさそうだ……としか……」
「まぁ、本当に……!? 良かった……っ」
瀬名母は理人の言葉を聞くなり、その場にぺたりと座り込んでしまった。その姿は今にも泣き崩れそうな程弱々しく、見ているだけで胸が痛くなる。
きっと、不安で堪らなかったのだろう。愛している人の容体が分からないままただ待つ事だけがどんなに辛いか。理人にだってその気持ちはよく分かる。
「お母様……大丈夫ですか?」
「あぁ、ごめんなさい……私ったら。年甲斐もなく取り乱したりなんかして。でも、事故に遭ったと聞いて何となくもう駄目なんじゃないかって……思ってしまって」
「……っ、きっと大丈夫です……。彼は……強いので……きっと……」
「ええ、そうよね。ありがとう……理人さん」
そう言って微笑む瀬名母の表情はやはり瀬名に良く似ていた。
それからしばらく二人で待っていると、手術中のランプが消えた。
ストレッチャーに乗せられた瀬名が慌ただしく運び出され、続いて執刀医と思われる男性が姿を現す。
「先生、うちの子が……どうなんでしょうか? あの、命に別状はないんですよね……? お願いします、どうか……!」
瀬名母は勢いよく立ち上がると、医者の腕を掴み必死の形相で詰め寄っている。
「落ち着いてください。ご家族の方ですか? 状況の説明をしますので中へ――。あぁ、付き添いの方はもう戻られて結構ですよ」
「……っ」
診察室の中へと消えていく母親の後姿を見送り、理人はキュッと唇を噛んだ。どれだけ心配していても、自分は所詮赤の他人だ。
部外者が無闇に首を突っ込んでいい問題ではない。それは十分理解していたが、現実を突きつけられたようでなんだか酷くやるせない気持ちになった。
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