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キール ③
それから一週間、理人は毎日病院へと足を運んだ。幸い、命に別状はなく手術も無事に成功したようで、今ではICUから一般病棟へと移っていた。瀬名はというと、頭部に軽い外傷があるものの意識がはっきりしており、順調に回復しているらしい。
親御さんはICUから出たタイミングで自宅へと戻って行った。そして現在、瀬名がいるのは瀬名の両親がせめてゆっくりできるようにと希望した個室である。
「あ、理人さん……今日も来てくれたんですね」
「……体調はどうだ?」
「まぁ、痛いには痛いですけど、無事ですよ。僕の身体思ってたより頑丈だったみたいです」
「馬鹿、んなわけあるか。お前はもっと自分の身体大事にしろ。今回は運が良かっただけだぞ?」
瀬名の軽口に、呆れたように溜め息をつく。瀬名はその様子に苦笑しながら口を開いた。
「すみません……。でも、これが理人さんじゃなくて良かった……」
「…………」
その言葉に、事故当時の記憶が蘇って来る。あの時、黒い車は真っすぐに自分の方へと向かって来ていた。ブレーキを掛ける音は聞かなかったから、もし瀬名が飛び出して来なかったら確実に自分が轢かれ、最悪死んでいたかもしれない。
しかも、片桐課長と同じくひき逃げ――。コレを偶然で片付けるにはあまりにも不自然な点が多すぎる。
「そう言えば……お前はあの日まだ出張中の筈だったじゃないか。なんで、あんな所に居たんだ」
ずっと疑問に思っていた事を尋ねると、瀬名は少し照れくさそうに笑って言った。
「実は――理人さんをビックリさせたくて……出張が伸びたって言ってたのあれ、嘘だったんです」
「あ?」
「あの日、びっくりさせようと思ったら部屋の電気が点いてなかったから、残業かなって思って……理人さんがいつも通る道を辿って歩いていたんです。ようやく見つけた! って思ったら車が―――。理人さんが死んでしまう! って思ったらいても経っても居られなくて……気が付いたら身体が勝手に動いちゃってました」
悪戯っぽく笑う瀬名に理人は目を見開いた。
「……っ、馬鹿」
理人は思わず目の前の身体を抱き締める。
瀬名を失うかと思った瞬間、心臓が止まるかと思うほど怖かった。また何もできないのかと己の非力さを嘆いた。だけど今こうして生きていてくれて、本当によかった。
安堵のあまり身体が震える。瀬名は何も言わず、そっと背中に腕を回してきた。その温もりにますます涙腺が緩んでいく。
「無茶しやがって……俺だって……怖かったんだぞ馬鹿……っ」
「理人さん……泣かないで、貴方を泣かせるつもりなんて無かったんです……」
「うるせぇ! 泣いてねぇよ馬鹿っ……目にゴミが入ったんだ。畜生」
「あはは……そうなんですね? じゃあ……そう言うことにしておきます」
瀬名はクスッと小さく笑いながら頭を撫でてくる。それが余計に恥ずかしくて、理人は顔を見られないよう瀬名の肩に額を押し付けた。
「あ……そうだ、理人さん……僕のジャケット取ってくれませんか? 多分、ロッカーの中にあるんですが……」
「……? これ、か?」
瀬名に言われて、理人はハンガーに掛けられた彼の上着を手に取る。瀬名は理人からそれを受け取るとポケットを漁り、コホンと一つ咳ばらいすると「そのまま目を閉じてください」と命じられた。
「なんだよ……」
「いいから」
渋々言われた通りに目を瞑ると、自分の手に温かいぬくもりが重なった。死人のように冷たかった手とは此処まで違うのかと驚く程に熱を持った瀬名の手の感触にドキリとする。
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