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キール ⑧
指定されたホテルのラウンジに着くと東雲はもう来ていて、理人を席まで案内してくれた。
「すまない、遅くなって」
「いえ、オレも今来たところです」
コーヒーを注文し、早速本題に入る。
「これが、オレが持ってるデータです」
東雲はUSBメモリを差し出して来るとテーブルの上に置いた。それを受け取って中身を確認する。その中には朝倉と岩隈に関する資料がまとめられていた。中には朝倉が取引をしている組織の情報や、課長と事故の因果関係についてなど。他にもいくつかファイルが収められており、それを見て改めて東雲の情報網の広さに驚いた。
「よくこれだけ集めたな」
「これでも探偵の端くれなので」
東雲は少し得意気に笑ってすっかり温くなったコーヒーに口を付けた。
「いやぁでも、鬼塚さんが無事で良かった。暴漢に襲われかけた時、もしかしたらって思ったんです。ちょうど例の人物との繋がりがわかった時だったので」
「無事じゃねぇよ……。俺は庇われて助かっただけだ……」
苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、無意識のうちに左手薬指に嵌められた指輪に触れた。もう少し早くわかっていたら事故は防げたのか?
いや、違う……。あの時、スマホを投げ捨てる程度じゃなく、朝倉を締め上げておけばよかった。
そもそも、もっと早くから朝倉の動向を探っていれば。いや、そもそも朝倉をうだつの上がらないダメな男だと決めつけていたのが間違いだったのだ。
フロアの誰よりも仕事が出来ないくせに係長に収まっているその異常な状態を年功序列の賜物だと思い込んでしまっていた。
「――鬼塚さん、資料は揃えられたんですが……一つだけ足りないものがあるんです」
「足りないもの? なんだ?」
「リアルに朝倉が組織と取引をしている証拠写真か、もしくは音源が取れれば……。物証がなければいくらでも言い逃れは出来ますからね。俺も引き続き調べてみますが、くれぐれも一人で突っ走ったりしないようにしてくださいよ?」
今すぐにでも張り倒しに行きたい気持ちを見透かされ、理人は唸った。確かに相手は異常に狡猾で用意周到だ。きちんとこちらもぐうの音が出ない程情報を集めなければアイツを黙らせることは出来ないだろう。
「分かった。気を付ける」
理人は深い溜息を吐くと、コーヒーに口を付けた。ほろ苦さが今の理人に丁度良い。
「……ところで、鬼塚さんって結婚してたんでしたっけ?」
「ぶほっ、な、なんだ……突然」
「いえ、さっきからずっと左手触ってるから……もしかして……って思っただけですけど」
「あぁ……これは……その……」
理人は誤魔化そうと視線を逸らしたが、既に遅し。理人の手元に視線が注がれているのを感じる。
「あ! もしかして、瀬名さん? ナオミさんも夢中になってる人がいるって言ってたし」
「……」
理人が無言でいると、東雲は「なるほどね」と一人納得したように何度か首を縦に振って見せた。
「なんだか妬けるなぁ……オレ、鬼塚さんの事気に入ってたのに」
「てめぇが好きなのは俺の身体だけだろうが」
「あはは、バレました?」
照れた様に笑うと、東雲はまた一口コーヒーを口に含んだ。
「ま、鬼塚さんの事は好きでしたよ。顔も結構タイプだし……男らしいじゃないですか。それに……床上手と来た。あ~ぁ、瀬名さんが羨ましい。ねぇ、いっそ今度3Pでもしません?」
「て、てめっ昼間っから……っ頭沸いてんのか?」
顔を真っ赤にして抗議する理人を見て、東雲は「冗談ですよ」と言って笑った。
「たく、てめぇの冗談は悪趣味なんだ!」
「ちょっと、想像したでしょ」
「するかっ! アホっ」
理人は運ばれて来たコーヒーを飲み干すと伝票を手に立ち上がった。
「……情報感謝する。引き続き、調査を頼んだからな」
「はぁい。じゃぁ、また……何かあったら連絡します」
「あぁ」
理人はそう言うと、カフェを後にし駅へと向かった。
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