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キール ⑫
その日の夜、東雲たちと取り決めした内容を確認しながら、リビングで煙草を吹かしていると、不意にスマホが震えた。
画面に表示された『瀬名』の二文字にドキリとしつつスマホを耳に押し当てる。
『あ! 理人さん。良かった、起きてたんですね』
「まだ宵の口だろうが。何か用か?」
『別に用があったわけじゃないんです。ただ、貴方の声を聞きながら年越しがしたくて……」
「……そうか」
ちらりと視線だけで時計を確認すれば、後数分で新しい年が始まろうとしていた。
『本当なら、今夜はずっと一緒に居れるはずだったのに……』
「外泊許可が出なかったんだ。仕方ねぇだろ。それに……来年も、再来年も正月は来るから今年位我慢しろよ」
「……そうですけど」
瀬名は不服そうな声を漏らし、はぁと大袈裟なほど溜息を吐いた。
『あーぁ、理人さんとヒメハジメしたかったのに……』
「……ッ、てめぇの頭はそればっかだな!」
『だって、この間のアレも寸止めされて、今凄く欲求不満なんです』
「~~ッオナホでも使って一人で抜けよ馬鹿っ」
『オナホより理人さんがいい。ねぇ、この間みたいにスカイプで……』
「馬鹿な事言ってると切るぞ!」
電話の向こうから聞こえてくる甘い声と艶っぽい囁きに、全身の血液が沸騰したように熱くなる。全く、新しい年が始まろうとしているのに煩悩まみれの男はこれだから困る。
これ以上付き合っていられないとばかりに理人が通話を切ろうとすると、焦った声で瀬名がそれを制止した。
『冗談ですってば、切らないでください……っ!せめて……あと少しだけ……。年を越して初めて聞く声は、貴方の声がいいんです』
「……っ」
理人の胸がキュウっと締め付けられた。なんだってコイツは、こうも簡単に理人を動揺させるのか。
こんなの、ずるい。反則だ。自分だって本当は今夜位側に居たかった。だが、入院中だから仕方がない。生きていてくれただけで充分じゃないか。頭ではそうわかってはいても、なんともやるせない思いがこみ上げてくる。
『理人さん……?』
黙ってしまった理人を不思議に思ったのか、瀬名の優しい声が鼓膜を震わせる。それはまるで愛撫されているかのように心地よくて、もっと聞いていたいのに……何故か泣きたい気持ちになった。
「なんでもねぇ。それよりほら……カウントダウン始まってんぞ。煩悩も嫌な事も全部忘れて……新しい年を迎えるんだろう?」
「そう、ですね……」
何気なく付けたテレビからは除夜の鐘が聞こえてくる。
煩悩を捨て去るため、108回鳴らすらしい。
――もうすぐ、年が明ける。
『理人さん――』
「え……ッ」
カウントダウンが0になりテレビから大きな歓声が上がった瞬間――理人の耳に響いたのはスマホ越しのリップ音だった――。
『明けましておめでとうございます。理人さん……』
「……、あぁ。おめでとう」
理人は照れ隠しをするように、短く返事をするとコホンと咳払いをした。
『あの……今年もよろしくお願いしますね。それから……早く退院できるように僕、頑張りますから……』
「……あぁ。待ってる……それまでにこっちもケリつけとかねぇとな……」
『え? なんですか?』
「なんでもねぇよ。こっちの話だ」
理人は資料に載っている朝倉の顔を睨み付けると、深い溜息を吐いた。
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