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ブルドック ④
『――鬼塚さん、ストップ!!!』
後数センチで顔面に渾身の一撃を食らわせるとところで、東雲の声がイヤモニから聞こえて来てそれを制した。
『気持ちはわかるけど……。こっちの裏も取れたし、そのオッサンの自供もばっちり得られたからそれ以上は……』
「……く……ッ」
理人は忌々しげに舌打ちを漏らすと、渋々と朝倉から離れた。
「……おい、テメェ。……出世だかなんだか知らねぇが、娘がそうなった原因はお前だろ!」
「なっ! 知った口を利くなっ!!」
「知らねぇよ。知りたくもねぇ! けど……、てめぇの娘は寂しいんじゃねぇのか? 父親は自分の事しか考えて無いクズだし、母親は男作って蒸発……確実に愛情に飢えてんじゃねぇか……」
「な……ッ」
「……お前は、親として失格なんだよ。出世なんかより、もっと大事な事があるんじゃねぇのか? どうせ娘の表面的な事ばかりしか見てねぇんだろ! 変な男に金詰んで事実をもみ消すより先に、娘とちゃんと向き合ってやったのか? それをしねぇで誰が悪い、コイツのせいだって……いい年したオッサンがガキみたいな事言ってんじゃねぇぞくそ野郎が!」
理人は吐き捨てるようにそう言うと、ソファに置いてあった上着を手に取った。
同時に計ったかのようなタイミングで扉が開き、警察手帳を手にした間宮が姿を現す。
「朝倉壮一郎。轢き逃げを教唆した罪で君を署に連行する」
朝倉の顔が絶望に染まる。
「なっ!? 警察なんて聞いてないぞ!? ……くそ…っハメやがったな!?」
「言い訳は署で聞く。……行くぞ」
間宮が有無を言わせず朝倉を引っ張り起こすと、そのまま部屋から出て行ってしまった。
「くそっ、くそくそくそっ!! なんでこんなことに! こんな筈じゃ……っ」
朝倉の悲痛な叫びが遠ざかって行く。
理人はそれを見送りながら拳を握り締めると、奥歯を噛み締めた。
「……終わったみたいですね」
「ああ。最後まで胸糞悪い奴だった……」
「あとは大吾に任せておけばいいですよ。さーて、正月早々大仕事も片付けたし、どっかご飯食べに行きますか?」
東雲が理人の肩をポンと叩く。だが、理人の表情は晴れない。
「鬼塚さん?」
「……悪い、埋め合わせは今度にしてくれないか。用事を思い出した」
「おやおや? もしかして、彼氏さんに報告ですか?」
「……」
ニヤリと笑われ、理人は思わず黙り込んでしまった。東雲が驚いたように瞬きをする。
「え? まさか、ホントに? 冗談のつもりだったんですが」
「……悪いかっ」
「いえ、全然。ただ意外だったので」
「……帰る!」
ニヤニヤと笑みを浮かべる東雲の視線に耐えきれず、理人は踵を返すと逃げるようにしてその場を後にした。
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