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ブルドック ⑤
理人が病院に到着したのは面会時間終了間際。ぎりぎりの時間帯だった。受付を済ませエレベーターに乗り込むと瀬名が入院している7階のボタンを押した。扉が開くまでの一分一秒すら惜しくて、理人は早足で廊下を歩き出す。何故だろう……どうしてこんな気持ちになるのかわからないが、無性に瀬名に会いたくて仕方がない。
病室に着くと、瀬名はベッドに座って本を読んでいる所だった。モサっとした前髪が目にかかって見えにくくないのか? なんてそんな事を考えつつもその姿を見ると、ほっとしたような感情が湧いてくる。
ふと、自分の気配に気付いた瀬名が顔を上げ、姿を確認すると一瞬驚いたように目を丸くし、その後嬉しそうに破顔した。途端、心臓が大きく跳ね上がる。
「理人さん? 珍しいですね。こんな時間に……今日は用事があるって言ってたから来ないのかと――」
「……っ」
全てを言い終わる前に駆け寄ってそのままの勢いで抱き着いた。驚いて瀬名が固まるのがわかったが、構わずに抱きしめる腕に力を込める。
「ちょっ、理人さん!?」
瀬名の焦った声が頭上から降ってくる。
「あ、あの……どうしました?」
「……っなんでもねぇ……」
何でもなくはないが、それを上手く言葉にする術を理人は知らない。
ただ、こうやって触れていないと落ち着かないのだ。この温かい身体にずっと触れていたい。それだけは確かだ。
「えーと……とりあえず、離れて貰えるとありがたいのですが」
「……無理」
「即答っ!?」
だって、今は離れたくない。もう少しだけこのままでいたかった。
「もう、理人さん。なんか変ですよ……?」
困ったような声で言っていた瀬名の語尾が不自然に途切れる。背中に回されていた手がそろりと動いて、あやす様に優しく撫でられた。その温もりに何故か泣きたくなる。
「理人さん……何かありました?」
「……別に、何もねぇ」
「嘘」
断定的な口調で言われ、頬に手が触れ上向かされる。視線が絡みコツンと額がくっついた。
「理人さんの目、少し赤いです。それに……」
瀬名が一度言葉を区切る。
「なんだろう? すごく不安そうな顔をしてる」
そう言った瀬名に理人は眉根を寄せた。
「そんな顔……してねぇ」
「ううん、してる。何か嫌な事があったんでしょう?」
「……」
「大丈夫。僕はここにいますから。だから安心して。ね?」
安心させるような声色で瀬名は言う。理人は答えず、代わりに唇を重ねた。柔らかい唇が触れ合う感触が心地よくて、離れがたい気持ちにさせられる。
「理人さん……、積極的なのは嬉しいんですが……あまり積極的なのは……」
「……いやか?」
「いや、では無いんですが……」
理人はじっと瀬名を見つめた。困ったような顔をしているが本気で拒絶されているわけではない事はわかっている。むしろ――。
「もっと、したい」
「……っ、それは……ダメ、です」
「なんで」
「……なんでって、これ以上はちょっと流石に……というか、僕も男なので……理人さんにそんな積極的に迫られたら我慢できなくなっちゃうじゃないですか」
目を逸らし、耳まで真っ赤にして恥ずかしげに瀬名が言う。
「俺も、我慢出来ねぇよ……」
再び口づけようとすると、瀬名の手に阻まれた。
「ん……っ、こら、駄目だって……」
「……」
「そんな不満そうな顔してもダメです。……退院してからって自分が言ったくせに」
「…………チッ」
理人はむぅと不満気に目を細めた。確かに退院したら覚えてろと言ったのは自分だ。でも――。
「そんなの、反故にすればいいじゃねぇか……」
「そういうわけにはいかないでしょう。いくら隣のベッドが空いてるからって、鍵は掛からないですし。それに、もうすぐ面会時間終わっちゃいますよ」
時計を見ればあと十分ほどで消灯の時間だ。残念だがそろそろ引き時だろう。
「チッ……わかった」
渋々納得すると、理人は大人しく身を引いた。それでも瀬名と離れたくなくてそのままギュッとしがみつく。子供のような仕草だとは思うが、こうしていたい気持ちの方が勝った。
「ホント今日はどうしたんですか? 随分甘えたさんなんですね……そんな理人さんも可愛くて好きですけど」
「……お前にだけだ」
「~~~ッあーもー! そんな可愛い事言うなんて……。僕の理性を試してるんですか!?」
悶絶して頭をぐしゃぐしゃっと掻き乱す様子が可笑しくて、自然と理人の口元に笑みが浮かんだ。
丁度その時、面会終了の時間を知らせるアナウンスが流れ、理人は最後に軽く触れるだけのキスをすると名残惜しそうに身体を離した。
「……また来るから」
「はい、待ってますね。あ、理人さん……。もしかしたら退院早まるかもしれないので、決まったらすぐに連絡します!」
「あぁ」
「それじゃ、おやすみなさい」
別れ際、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべた瀬名に後ろ髪を引かれつつ、病室を後にした。
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