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ブルドック ⑫
「おい……瀬名……っ」
乱れたシーツを引きずるようにして、理人は身を起こした。裸の腰に腕が巻き付き、気だるげに引き寄せられる。
カーテンの隙間から漏れ出る光が朝方であることを告げていた。
瀬名はまだ寝ぼけているのか、焦点の合わない瞳でぼんやりとした表情を浮かべたまま身を乗り出して理人の膝に頭を乗せて来た。柔らかい髪が膝を擽り理人は眉をしかめる。
「たく、もう朝だぞ」
「ん、あと10分……」
膝に擦り寄り、頭を置くのに丁度いい場所を探す仕草が擽ったくて、瀬名の髪を優しく撫でながら理人は呆れたようにため息を漏らした。今日が仕事でなければいくらでも甘やかしてやれるのだが、そうも言っていられない。
昨晩は結局、あれから何度も瀬名に求められ、互いに理性が飛ぶまで交じり合った。この体力は一体何処から湧いてくるのかと不思議になる程、萎えることを知らない瀬名のソレに付き合わされたのだ。
そして、いつの間にか気を失うように眠りに落ち、目が覚めたのがつい先程の事。瀬名は結局、自分の家にはまだ一度も戻ってはいない。
「全く……復帰早々遅刻する気か?」
理人が頭を軽く小突くと瀬名は渋々といった様子で身を起こし、ベッドの上に座り込む。
まだ眠いのか、しょぼしょぼと瞬きを繰り返し大きな欠伸をする姿はまるで大きな猫のようだ。
「全く、ヤり過ぎだ馬鹿! 腰が壊れるかと思ったんだぞ。仕事に支障が出たらお前のせいだからな!」
「理人さんが可愛すぎるからいけないんですよ。それに、約一月貴方に会えなかったんです。あれっぽちじゃ全然足りません」
瀬名はそう言うと理人を抱き寄せ、頬に手を添えたかと思えば口付けてきた。
「ん……っ、ふ……っ」
そのまま瀬名の手が尻を這い、理人は慌てて瀬名の肩を押し返す。
「ちょ、ちょっと待て。怖い事言うなこの絶倫がっ! 怪我がちゃんと治ってないんだろうが、少しは控えろっ」
「大丈夫ですよ、理人さんの愛で治りましたから」
「あ……愛、は? ふざけんな、んなわけねぇだろうが! 辛そうな顔してたくせに。俺が気付かないとでも思ったのか!?」
ムキになって反論すると瀬名はバツが悪そうに視線を逸らす。
「気付いてたんですか。上手く誤魔化せたと思ってたのに」
「たく、とにかく! 完治するまではもう、ダメだからな!」
「えぇ、また禁欲ですか~? 自分だって我慢できないくせに……」
不満げな瀬名の額にデコピンを食らわせ、小さくため息を吐くと、煙草に火を付けた。
「チッ、うるせぇな。何も禁欲しろなんて言ってねぇだろ。……でも、流石に少し控えろって言ってんだ」
また、女に走られたら堪らねぇからな。と独り言ちて紫煙を吹き出す。
「はは、まぁそうですよね。エッチな理人さんが禁欲なんて出来るわけないか」
「チッ、うるせぇ」
そう言って理人は乱暴に煙草を灰皿に押し潰すとベッドから降りてクローゼットへと向かう。そして新品のワイシャツを取り出すとそれを瀬名に投げて寄越した。
「え。これは?」
「今から自分の家に戻ってたら遅刻するだろうが……。この間、買ったらたまたま俺にはサイズが合わなかったんだ。それに、以前お前が置いていったスーツとジャケットが此処にあるから……」
「……へぇ、たまたま、ねぇ?」
瀬名はニヤリと笑みをこぼすと、手早く服を身に付けてベッドから降りた。
そして、理人の背後から抱きつくと、耳元に唇を寄せて囁いた。
――僕の為に、新しいのを買って来てくれてたんでしょう? その言葉に、理人はカッと顔を赤く染め、何も言わずぷいっとそっぽを向いた。
「いいから、はやく支度しろ。置いていくぞ」
「はいはい、ほんと素直じゃないなぁ。ベッドではあんなに素直なのに」
瀬名は楽しげに笑いながら寝室を出ると洗面所へと向かって行く。
「うるせぇ……」
そう言いながら理人は緩く息を吐き、部屋の隅に置いたままになっていた紙袋を見て小さくため息を吐いた。
あのクリスマスの夜、渡そうと思っていたプレゼントは。瀬名の血液と静かに降り注いでいた雨が沁み込んで、とても渡せる状態では無くなってしまっていた。
けれど、どうしても捨てることが出来ずにそのままの状態でひっそりとそこに眠っている。
渡すことはきっともう、無いのかもしれない。
それでも、瀬名が無事に帰って来て良かったと思う気持ちは本物で。
理人は微かに微笑むと瀬名を追うようにして部屋を出た。
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