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デニッシュ・メアリー
その日の夜、理人は瀬名と共にいきつけのBARである『BLACK CAT』へと訪れていた。
店の扉を開けるとカランとベルが鳴り、中から店員である湊が爽やかな笑顔で出迎えてくれる。
「あ! 瀬名さんだ。退院してたんですね。良かった」
「うん、ごめんね心配かけて。もう大丈夫だから」
湊と瀬名はお互いに笑顔で握手を交わす。一見するとまるで男同士の友情のようだ。
理人は二人のやり取りをカウンター席に座って眺めながらカクテルを煽った。
「ほんっと良かったわ~生きてて。瀬名君が車に轢かれたって理人が泣きながら電話してくるから、びっくりして心臓止まるかと思ったんだから」
「ブホッ、おい、適当な事言ってんじゃねぇぞ! 泣いてねぇだろうが!」
いきなり横から飛んできた言葉に思わず咽せる。
「へぇ、そうだったんですか?」
瀬名は驚いたように目を丸くすると、ニヤリと笑みを浮かべて理人を見つめてきた。
「違うっつってんだろ、クソが」
悪態を吐きつつ視線を逸らすと、今度は反対側から腕が伸びてきて、頭をわし掴まれる。
「も~、素直じゃないんだからっ!」
ぐしゃぐしゃっと髪を掻きまわされて理人の眉間に深い皺が寄る。
「うるせぇよ。触るな、ウゼェ。あと俺は泣いてねぇからな、勘違いするな馬鹿」
乱暴にナオミの手を振り払うと理人は不機嫌そうな表情でグラスに残っていたアルコールを飲み干した。こうなることがわかっていたから、出来れば瀬名とは来たくなかったのに。
理人は大きく舌打ちを漏らすと乱暴にカウンターに突っ伏した。
「ったく、てめぇらはいつも俺をおちょくりやがって……」
ブツブツ文句を垂れていると、カランと扉が開く音がした。
「あれ? 鬼塚さんだ」
名を呼ばれ視線だけ向けると、そこには東雲の姿があった。相変わらず、チャラい格好をしている。そのすぐ後ろから、間宮がひょっこりと顔を出した。
「……あの人確か前に変な勘違いしてた人じゃ……」
瀬名が戸惑ったような声を出す。そう言えば、瀬名は間宮と会うのはあの日以来か。
「奇遇だな、鬼塚理人。今日は、恋人と一緒なのか?」
「……うっせぇな、なんでいちいち人の名前をフルネームで呼ぶんだ。幼稚園生かお前は!」
苛立ちを隠しもせずに理人は、チッと舌打ちすると起き上がって二人を見た。二人はよくつるんでいるのだろうか? そう言えば下の名前で呼ぶ仲だったような気がする。
他の奴らの人間関係なんてたいして興味は無かったが、何となく居心地が悪い。
しかも空いている席は沢山あるのに、当然のように理人の隣へと腰を下ろした。それに続くように東雲もカウンター席へと座る。
「まぁまぁ、そう言うな。クセみたいなものだから気にしないでくれ。そんな事より、そのイケメンな恋人君を紹介してくれないのか?」
瀬名を一瞥しにやりと笑う間宮を見て、理人の眉間の皺がさらに深くなった。
「面倒だから嫌だ」
きっぱりと言い放つと、フンと鼻を鳴らしそっぽを向く。けれど、理人の反応などお構いなしと言った様子で間宮は瀬名に歩み寄った。
そして、じっと瀬名の顔を見つめたかと思うと、不意にその手を取り指先に唇を押し当てる。
「以前は挨拶もせず、すまなかった。俺は間宮大吾だよろしく」
「は、はぁ……」
「チッ、おい、何時まで手を握ってやがるんだ! 離せっ」
瀬名が困惑した表情でいると、理人は舌打ちをして強引に二人の手を引き離した。
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