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act 9 デニッシュメアリー ②
「なんだ、挨拶位いいだろ」
「よくねぇ! つか、普通にキモイわ!」
ついこの間、少しはやる奴だと思って感心していたのだが、それは錯覚だったようだ。やっぱりただの変人だったのかと理人は落胆のため息を零す。
瀬名は瀬名で、間宮が何を考えているのかさっぱり理解できないといった表情で、呆然と二人を交互に見ていた。
「あはは、鬼塚さんめっちゃ警戒してますねぇ、ウケる」
「うるせぇぞ、東雲」
ケラケラと笑い声を上げる東雲を睨み付けると、慌てたように肩を竦める。
「そうやってすぐ凄むの止めた方がいいですよ。初対面だとマジビビるんで」
「余計な世話だ。それよりアイツの手綱はちゃんと握っとけよ。お前のツレだろうが」
ジロリと睨み付けると、東雲は一瞬きょとんとした顔をして、それからまたおかしそうに笑みを零した。
「……なんだよ」
「いや、なんて言うか。鬼塚さんってホント瀬名さんの事大好きなんだなぁって思って」
「あ? 何言ってやがる」
「だって、前の鬼塚さんだったら、自分以外興味ないって感じだったのに、今じゃすっかり人間味溢れちゃって。なんか嬉しいです」
そう言って東雲はにこっと笑うと、そのままカウンター席を離れていった。
「……意味わかんねぇ」
理人はため息交じりに呟いて、スクリュードライバーを注文すると出て来た側からグイッと飲んだ。
その様子を隣で瀬名が苦笑しながら眺めている。
「理人さんって、そんなに冷たかったんですか?」
「それはもう! 誰も寄せ付けないって雰囲気出しまくりで。あぁ、でもお酒が入ると人が変わったようにエッチになるからそのギャップが堪らないんですよね」
「え? でも……お酒入ってなくても理人さんは……」
「おい瀬名てめぇ……それ以上何か言ったら殺す」
「理人さん、目が怖いですって。……誰にも言いませんよ、僕だけの秘密です」
瀬名はクスクスと小さく笑って、運ばれてきたカクテルに口を付けた。
ぞく、とするほど甘く低い声で言われ、理人の心臓がドキリと跳ねた。瀬名はそれを見逃さず、妖艶な笑みを浮かべて更に距離を詰めてくる。
その動きに嫌な予感を覚え、理人は慌てて身体を離した。
だが、瀬名は逃がさないと言わんばかりに、するりと腰を抱き寄せてきた。
「お、おいっ瀬名っ」
人目も憚らず密着してくる瀬名の腕を解こうとするが、意外と強い力で押さえつけられていて、振りほどけない。
「あらやだ、見せつけてくれるわね!」
ナオミが野太いキンキン声を上げながらニヤニヤとしているのが見えて、理人は慌てて肘で瀬名の身体を押すがやはりビクともしない。
それどころか益々引っ付いて来て、頬に瀬名の熱い吐息が掛かる。首筋に鼻先を埋めるようにされ、理人はゾワッと肌が粟立った。
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