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デニッシュメアリ― ⑤

 会社近くのカフェに入り、コーヒーを注文する。  店内は適度なざわめきに包まれていて心地よいBGMも流れているので、話をするには丁度良かった。 「それで、何かあったのかい?」 「大したことでは無いんですが……。少し、突き放したような言い方をしてしまって」  理人がぽつりぽつりと話し始めると、片桐は真剣な表情で耳を傾けていた。 「その、上手く言葉で説明できなくて。このままではいけないとわかってはいるんですが……」  普段から言いたいことはハッキリと言う方なので余計に戸惑ってしまう。どうして良いか分からずにいると、暫く黙って聞いていた片桐は、口元に手を当て何かを考える素振りを見せた。  やがて考えをまとめたらしく、「うん」と言って顔を上げる。 「つまり君は、瀬名君に余計な心配をかけたくない。だから何も言えなかったけど、瀬名君に誤解されてしまったかもしれない……って事だよね?」 「まぁ、そういう事になりますね……」  改めて言葉にされるとかなり情けない気がするが、今はそんな事を言っている場合ではない。 「うーん、上手く言えないけど案外、後ろから抱き着いてみたら解決するかもよ」 「抱きつ…て、は?」  一体何を言ってるのかと理人は唖然としてしまう。けれど、片桐は至って真面目な様子で続けた。 「言葉にするのが難しいなら行動に移すしかないよ。瀬名君ってキミの事大好きだろう? きっと喜んでくれるんじゃないかなぁ」  ニコニコと楽しげに語る片桐を見て、理人は脱力して椅子の背もたれに深く体を預けた。この人は、自分たちの関係を何処まで知っているのだろう?  自分から敢えて話をしたことは無いし、職場内では上司と部下の関係を保つように努力している。  男同士のトラブルのアドバイスに、抱き着けとは……。 「大丈夫。きっと上手くいくさ。入院中、散々鬼塚君への惚気を聞かされてきた僕が言うから間違いないよ」 「……アイツ……」  入院中に一体どんな話を片桐に吹き込んだんだ! 理人は思わず眉間にシワを寄せて額を押さえた。  だが、行動に移すかどうかは別として、言葉で難しいのなら行動で示すしかないと言うのは確かに一理あるような気がした。 「わかりました。考えてみます」  理人が決意を固めると、片桐は満足げに笑って「頑張れ」とエールを送ってくれた。

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