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デニッシュメアリ― ⑥
片桐にアドバイスを貰ったものの、理人は頭を悩ませていた。
いくら何でも、いきなり抱きつくのは流石に変だ。
素面の状態じゃなくても、抱き着くなんて行為は中々にハードルが高い。
かと言って泥酔した状態で真面目な話が出来るはずもないし。
一体どうしたらいいのだろうかと無意識のうちに瀬名を睨んでしまっていたようで、周りからは瀬名が何かやらかしたのではないかと噂され、更に苛々を募らせる結果となってしまった。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「……理ひ……、鬼塚部長何か僕に用ですか?」
流石に痺れを切らしたのか、瀬名が仕事の合間を縫って理人の席へとやって来た。理人は小さく深呼吸して瀬名の顔を見る。
期待と不安の入り混じったような瞳がジッとこちらを見下ろしていて理人はグッと言葉に詰まった。
どう切り出せばいいか迷っていると、瀬名はわざとらしく大きなため息を吐いて肩を竦めて見せる。
「用が無いんなら別にいいです。それじゃ……」
瀬名はくるりと踵を返して自分のデスクへと戻ろうとする。だめだ、このままでは結局何も変わらないじゃないか。
そう思った理人は咄嗟に手を伸ばし、瀬名のスーツの裾をクンと引っ張った。
「……順を追って説明したい。……だから今夜、私の家に……来い」
意を決して発した言葉はどんどん小さくなっていき最後の方は蚊の鳴くようなか細いものにしかならなかった。
それでも、瀬名の耳には届いたようで、
「たくもぅ……。やっとですか……」
瀬名は小さくそう呟くと、何か言いたげに口を二、三度開きかけたが言葉には出さず無言でコクっと首を縦に振った。
***
就業間際、どうしても今日中に片付けなければいけない事があるから先に家に戻って居て欲しいと言われ、理人はまだオフィスに残っている片桐に声をかけてから会社を出た。
ソワソワとして落ち着かず、ビールを数本煽ってからばふっとベッドに倒れ込み、フカフカの枕に顔を埋める。2つ置いてあるうちの一つからは瀬名の香りがして思わずスンスンと匂いを嗅いだ。
心臓がトクトクと早鐘を打ってる音がする。こんなにドキドキしているのはアルコールのせいだけじゃない筈だ。
緊張で吐きそうになる気持ちを落ち着ける為に理人は目を閉じて大きく息を吸い込んで吐き出す。鼻腔を擽る瀬名の残り香に切なさが募り、胸の奥がキュッと締め付けられるようだった。
「……はぁ、瀬名……」
この感情をどうすればいいのか分からず、何度も枕に頭を擦り付けて悶える。
あの事件の事を一体何処から話せばいいのだろうか。いつかは話さなくてはいけないと思いつつ、タイミングが合わなくて結局今日まで何も話せずに来てしまった。
あんな胸糞悪い思いをわざわざ瀬名にさせる必要はないと思う反面、今後万が一他人から聞かされることがあった時に、自分だけが知らなかったという事実が瀬名を深く傷付けることになるのではないかという思いが過る。
どうしたものか……と理人は考えるが、一向に良い案は浮かばず枕を抱きしめてごろりと寝返りを打ちながら深い溜息が洩れた。
するとその時、チャイムの音が鳴り響いた。理人はビクッと身体を震わせ緊張した面持ちで玄関へと向かった。ドキドキしながら扉を開けると案の定息を切らせた瀬名が立っていて理人の姿を認識するなり勢いよく抱き着いてくる。
「お、おいっ」
避ける暇もなく、そのままの勢いで倒れそうになるのをなんとか堪えて抱き留めると、瀬名はは嬉しそうに表情を崩した。
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