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デニッシュメアリ― ⑩

「僕達、そろそろ一緒に住みませんか?」 「……は?」  一瞬、言葉の意味が理解できずに思わず間の抜けた声が洩れた。 「僕、理人さんと一緒に暮らしたいです」 「……」  瀬名は真剣な眼差しで理人を見下ろしていて、冗談を言っているわけではない事がわかる。  だが、今こんな状況でそれを言うセンスはいただけない。 「チッ……」 「えぇ、何で舌打ちするんですか!」  まさか舌打ちされるとは思っていなかったのだろう、ショックを隠し切れない様子の瀬名を理人はじっと見つめ返し、気怠げに身体を起こした。 「……おい、そこの棚の下から二段目に黒い箱が置いてあるから、それを取ってくれ」 「えー、いやですよ。そんな事より僕の話を聞いて下さい」 「腰が痛くて動けねぇんだよ。話は後で聞いてやる」 「……はぁ、わかりました」  瀬名は不服そうな表情を浮かべつつも渋々ベッドから下りると、指定された棚を漁り小さな箱を探し出すと理人の元へと戻って来た。 「これで合ってます?」 「あぁ、問題ない」  理人は瀬名から受け取った小さめの箱を開けると中に入っていたものを取り出した。 「それは……?」 「見れば分かるだろ。家のスマートキーだ」  理人が取り出したのはシンプルな形をしたリモコン型の鍵だった。 「え……じゃあこれってもしかして……」 「本当は、もっとムードのある時に渡したかったんだがな……どうせ部屋も余っているし構わんだろ」  自分の指輪を撫でながら、視線を逸らし小さく球息を吐く。  正直、随分前から同棲の件は考えてはいた。タイミングを見て渡そうと思ってはいたのだが、まさかベッドの上でしかも互いに半裸の状態で渡すことになるなんて考えてもみなかった。 「理人さん……」 「い、いらないなら返せよ! 俺だって色々と計画してたんだ……ッ」  照れ隠しに思わず語気が荒くなる。思わずそっぽを向いてしまった理人は強い力で抱き締められ腕の中でたじろいだ。 「要りますよ、もちろん……断るなんて選択肢あるわけないじゃないですか」 「……そうかよ」  あまりにも嬉しそうに笑うものだから、理人もそれ以上何も言えず、そっと瀬名の背中に手を回した。互いの鼓動が混ざり合って、溶け合うような感覚に心が落ち着く。 「ね、理人さん……」 「んだよ……っ」  耳元で囁かれる低い声にゾワリと肌が粟立つ。瀬名の掠れた声が妙に艶っぽくてドキンと鼓動が大きく跳ねた。 「嬉しすぎて勃ちゃったからもう一回、シませんか?」 「……てめぇは……ムードもへったくれも無いのか! クソがッ!」 「大丈夫、優しくするから……ね?」 「何も大丈夫じゃねぇよ馬鹿! もう、無理だって……ん、ん……」  睨んでも効果は薄く、瀬名は構わず首筋に吸い付いてくる。朝の爽やかな空気が甘くて濃密なそれに変わっていく。  結局、この後理人の身体が限界を迎えるまで、瀬名は離してくれなかった。

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