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ムーランルージュ ⑩

 翌朝、目覚めるとミネラルウォーターを取りに部屋を出て、瀬名がバスルームから出て来たところにばったり出くわした。上半身裸で、首にタオルを掛けている。濡れた髪が何ともセクシーで、思わずドキリとしてしまった。  こんな時でも反応してしまう自分に呆れてしまう。  唐突に出くわし、理人は動揺して挨拶の言葉すら出てこなかった。顔が強張る理人を見て、瀬名が訝し気な表情を向ける。 「理人さん? 昨日はなんで電話に出てくれなかったんですか?」  いつもと変わらない様子の瀬名の態度に理人の中で戸惑いが生じる。 「……女連れで電話なんかしてくるんじゃねぇよ。どういう神経してんだ」  理人はなるべく平静を装い、何でも無い事のように振舞おうとした。  自分の気持ちを押し殺し、精一杯の皮肉を込めて告げたつもりだったが、理人の予想に反して瀬名はキョトンと目を丸くしている。 「え? 僕、理人さんの事ずっと待ってたんですよ……?」 「……は?」  何を言っているんだコイツは。今更しらばっくれるつもりなのか。理人は唖然としながら信じられない思いで目の前の男を見つめた。 「昼もいつの間にか居なくなっちゃうし、一緒に食べようと思ってたのに」  まるで拗ねた子供のような物言いをする瀬名に理人の思考が追いつかない。 「なんで女の作ったもん嬉しそうに食ってるお前を見ながら飯食わなきゃいけないんだ。新手の嫌がらせか!?」 「え? ちょっと、何の話ですか? さっきから会話がかみ合ってない気がするんですけど……?」  睨み付けたまま語気を強めると、瀬名は首を傾げた。とても演技しているようには見えなかった。あくまでもシラを切りとおすつもりらしい。 「ふざけんな! わざわざ弁当持ってきた女が居ただろうが! 帰りも一緒だったくせに……。好きな女が出来たんならはっきりそう言やぁいいじゃねーか!」  カッとなって叫ぶように吐き捨てると、瀬名が驚いたように目を大きく開いた。 「理人さん、何か誤解してます。真奈美はとはそんなんじゃ……」 「うるせぇ!! 言い訳なんて聞きたくねぇ! さぞ滑稽だっただろうな、浮気してるのに気付かずに馬鹿みてーにお前に溺れてた俺の姿は。バレなきゃいいと思ってたんだろ? バレたってどうせ俺はただのセフレだから傷ついても構わねぇって……」  言いながらだんだん自分が惨めに思えて来た。悔しくて情けなくて、自分でも何を口走っているのかわからない。 「理人さん、落ち着いて下さい。とりあえず話を……」 「話なら後で聞いてやる。今はとにかく出て行ってくれ」 「理人さ――」 「触るな!!」  伸ばされた手をパシッと払い除け、理人は瀬名をキッと睨みつけた。 「さっさと出て行け! 頼むから、今だけは一人にしてくれ」  理人は泣きそうな声で懇願すると、瀬名は困惑の表情を浮かべながらも小さく息をつき、わかりましたと一言呟いて理人に背を向けた。 「あぁ、それと。今後は仕事以外で私の部屋に来るのも連絡するのも一切止めてくれ」 「……っ」 「それがお互いの為だ」  冷たく言い放つと理人は瀬名の横を通り過ぎてリビングへと戻った。瀬名は引き留めようと腕を伸ばしかけたが、その手が理人の肩に触れることはなかった。

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