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第2話 金の牡羊

「火未」  艶のある声がして、傍らに美しい男が立った。 「いつもの元気がないね。大丈夫?」 「……みずは。いや、色々あって疲れてるだけだよ」  いくら力尽きた状態でも、目の前の神々しさに目が吸い寄せられる。さらさらと流れる髪に端正な面立ち。切れ長な瞳は長い睫毛に縁どられて、通った鼻筋も柔らかそうな唇も触れてみたくなる。小心者のおれにはとても自分から彼に触れるなんて出来ないけれど、彼は気軽におれに触れる。背は高く顔は小さく足が長いなんて、人の憧れを全部持ってきたような男だ。何よりも、水の属性を持つ者は何もかも包み込むような深い愛情を湛えている。  うちの兄たちも華やかだと思うけれど、水の輝きはまた違う。水刃(みずは)の長くて綺麗な指がおれの髪を撫でた。 「何か心配事? ぼくでよかったら、力になるよ」  優しい手の動きにうっとりした。思わず独り言のように言葉が出る。 「……ありがと。やっぱり蟹座(かにざ)は違うな。何ていうか、包み込むような愛情を感じる」 「えっ! 水刃って蟹座……?」 「んんん? 火未はわかってない」  双子は何をひそひそしゃべってんだろう? 「水刃、ちょっといいか」  穏やかな声が脇から聞こえる。  背筋のぴんと伸びた男はクラスの委員長だ。確か、あいつは乙女座だ。水と土も相性がいい。ちょうど昼を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。水刃と委員長の間に漂うしっとりした空気を羨ましく思いながら、おれは立ち上がって教室を出た。  校舎の屋上は生徒が入れないように入り口の扉が塞がれている。一人になりたくて、そっと力を使って扉を開けた。次の授業は体育なんだけど、とてもやる気になれずにさぼりを決めた。火の星座は気分さえ上がればいくらでも頑張れるけれど、気が向かなかったらもう駄目だ。高く張りめぐらされた網の下、コンクリートの壁に背をつけた。体育座りで丸くなっていたら、鼻先にふわふわと温かい感触を感じる。 「慰めてくれるんだ? お前にまで力を使わせてごめん」  金色の子羊が目の前にいる。生まれた時から一緒に居るおれの守護獣。つぶらな丸い瞳に柔らかくてふわふわとした毛並みは、まるでぬいぐるみが動いてるみたいだ。羊が幼体なのは、おれの持つ力が小さいから。ぎゅっと腕の中に抱きしめれば、ほんわりと心に沁み込むような温かさが伝わってくる。 「ごめんな、おれにもっと力があったら、お前を大きくしてやれるのに」  宿主(やどぬし)である(まも)(ぬし)の持つ力が大きくなければ、守護獣は成長できない。護り主の力が増せば増すほど、守護獣の成長を促すのだ。おれ自身が成人に近づいているのに、この子は子羊の姿のままなのが可哀想で申し訳なかった。  久々の攻撃におれは疲れていた。目的も相手もわからないものは怖い。今日はとうとう、星紋が輝いて守護獣まで呼び出してしまった。滅多にないことで、この子もびっくりしたはずだ。落ち込むおれを慰めるように子羊がすり寄ってきた。

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