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第6話 逃亡
やはり逃げよう。あんなに押しの強い奴が近くにいたら、この先は見えている。ずっと逃げ続けることは無理でも、自分が見合いを嫌がっていると父に知らせることは出来るはずだ。
小遣いやお年玉を貯めた金は全額引き出してあるし、身の回りのものは、最低限必要なものだけを一つにまとめた。父や屋敷の者に見つからないように、深夜にこっそり抜け出そう。
学校の昼休みに、双子にだけはこっそり打ち明けた。
「ひっどーい! 何それ、親の決めた相手なんて今どき横暴だよ! 火未、今夜から家に来ればいいよ」
「でも、お前たちと仲がいいのはうちの家族もわかってるから、すぐにばれると思う」
「じゃあ、火未がうまく逃げ込めそうなとこ調べてあげる」
「火未の行き先を聞かれたら、うまくごまかしてあげるからね」
風の一族は情報に強い。おれはスマホに送られてきた場所を幾つも登録した。流風と風吹には感謝しかない。
放課後、教室を飛び出したおれに声がかかった。振り向けば校門を過ぎたところまで水刃が追ってきている。
「水刃、どうしたの?」
「本当に足が速いな。これでも全力で追いかけてきたのに」
はあはあと息を切らす美しい顔を惚れ惚れと眺めた。自分をじっと見つめる瞳に胸が高鳴る。
「何か用だった?」
「いや、昼休みに流風たちと真剣に話し込んでいたから心配になったんだ。少し話してもいい?」
水刃はおれの隣に並んで歩き始めた。美しい横顔を見ながら、おれの心はじんわりと温まっていく。
「水刃は本当に優しいんだな。おれみたいなやつのことも気にかけてくれるなんて」
「おれみたいな? 火未こそ明るいし誰にでも優しいだろう?」
「それは、一定の距離を保っているからだよ。空気を読んだり人と調和することが苦手だから、争わないようにと思って注意してるんだ。元々、おれの一族は熱くなりやすいから」
そう呟くと、水刃の目が丸くなった。
「……だから、力を出しきれずにいるのか」
思わず水刃を見れば、憐れむような瞳があった。
「力? 何のこと?」
「火の星座は自分から進んでいく星座だ。牡羊座は特に考えるよりも先に行動するのが本質のはず。火未はもっと大きな力を持っているのに、いつもうまく出しきれていない気がするんだ」
そうなんだろうか?
「元々、おれの力が小さいだけなんだと思う。だから守護獣も全然大きくならなくて……。あっ、これは余計な話なんだけど」
「それは火未のせいじゃないよ。それに、小さな守護獣を抱える姿も、ぼくは可愛いと思うけど」
中等部に入ったばかりの頃、校舎裏で柄の悪い先輩たちに取り囲まれたことがあった。偶然、通りがかった水刃が助けてくれて何事もなく済んだけれど。おれは怖さのあまり飛び出た子羊を抱えて震えていた。星紋が頬に浮かび上がったのにも気がつかずに。
あの時も水刃は可愛いね、と言った。怖かったね、もう心配しなくてもいいよ。彼らは報いを受けるからと。本当にその後、絡んできた者たちを学園で見ることはなかった。
水刃がにっこり笑う。いつも力が無いことが悲しかった。ああ、こうやって話せるなんて嬉しいな。水刃とずっと一緒に話していられたらいいのに。ずっと……。
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