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第7話 水の求愛

「火未、どうしたの?」  気がついたら、ぽろりと涙がこぼれていた。どうしよう、一粒こぼれたら次から次へと涙が溢れてくる。  水刃が心配そうにおれの顔をのぞきこんだ。 「火未、泣かないで」  肩を抱かれて、そっと広い胸に抱き寄せられた。瞼に温かいものが触れる。驚いて顔を上げれば、指の腹で優しく涙を拭われた。 「ね、もう少し話がしたいな。ぼくの家に来ない? ここから近いんだよ」  自宅から逃げ出す準備はもう出来ている。水刃の言葉に心が揺れた。少しだけなら、と小さな声で返すと、水刃が満面の笑顔で嬉しいと言った。  水刃の家は、学園から歩いて十五分ほどの場所にあった。周りは閑静な住宅街で、水刃の家もかなりの広さだ。純和風な屋敷と庭園はどこを見ても美しく整えられていた。 「ここは本宅じゃないから、そんなに広くはないけど。普段はぼくしかいないから気にしないで」  うちの学園は私立の金持ち学校と言われているけれど、水刃の家も金持ちなんだな。一人で暮らしてるのは何故? と聞けば、両親の仕事の都合でと答えが返ってきた。磨き抜かれた玄関で使用人だと言う女性に迎えられ、おれは中に入った。  本当に誰もいないのかな、とあちこちを見回してしまう。水刃がくすくす笑いながら言った。 「ぼくは水の星座だからね、環境が大事なんだ。水の一族は淀みを嫌う。自分のスペースが汚れたら命に関わるから。自分の居場所を清浄に保つために同じ一族でも大人に近づくにつれて、離れて暮らす者も多いんだよ」  そういうものなのかと驚いた。火の一族は、つかず離れずだ。マイペースな者が多いけれど、共にいれば大きく燃え上がる炎ほどの力が得られるから。  水刃の部屋は和風なのかと思ったら、洋風な造りになっていた。それでも広い。リビングと続き部屋の寝室。これって、高校生が持つ部屋なのかと驚く。 「明るいと眠れないから、寝室は別にしてあるんだ。暗い方が寝やすいでしょ」  寝室には光が入らないようにしてあるのだと言う。家を一軒自由に使えるんだから、きっとたいしたことではないんだろう。 「ぼくのことより火未の話を聞かせてほしいな。何か悩んでるみたいだけど……」  ふかふかのソファーに座ると、水刃が隣に座って優しい声をかけてくれる。こんな機会、もうないかもしれないし……と、最近あったことを話し始めた。襲撃のことも水刃は熱心に聞いてくれたけれど、見合いの話になった途端、眉をつり上げた。 「ずいぶんひどい話だね」 「だから、今夜逃げようと思ってたんだ」 「それならちょうどいいよ。ここに泊まればいい。部屋はたくさんあるし、火未が居たいだけ居てくれればいい。これからどうするかも、一緒に考えよう?」  夢のような話だった。水刃の家に居てもいいの? 嬉しさに胸がどきどきする。でも、きっとすぐに追手がかかるだろう。自分だけならまだしも、水刃に迷惑はかけられない。舞い上がった気持ちを抑えて、おれは水刃を見た。 「ありがとう、水刃。でも、うちの家族にばれたら水刃もただじゃすまないよ。話を聞いてくれただけで嬉しい」 「火未。本当に気にしないで。ぼくはもっと火未に頼りにしてほしいんだよ。そう、流風や風吹より、他の誰よりも、ぼくをね」 「水刃……」 「ねえ、火未。ぼくはずっと火未を見てきたんだ。この学園に入った時からずっと」

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