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第8話 蠍の恋情
まるで好きだと言われてるみたいだ。あまりに優しい言葉をかけられると都合よく勘違いしてしまいそうになる。水刃は誰に告白されてもずっと断ってきて、好きな相手がいるのだと聞いていた。
「え、だって水刃は、好きな人がいるんでしょ?」
「うん、いるよ」
突然、胸に大きな塊が飛び込んできた。息が詰まって、声が出ない。ああ、何でこんなことを聞いたんだ。心のどこかで自分に都合のいい言葉を求めていたのが分かる。逆にとどめをくらうなんて、おれは馬鹿だ。
「火未、火未。どうしたの?」
涙がぼろぼろとこぼれて止まらない。水刃はおれの頬を自分の手でそっと包んだ。おれは水刃の手に自分の手を重ねて、声を振り絞った。
「水刃の好きな人って誰……」
ちらりと乙女座の委員長が浮かんだ。相性のいい土の星座なのかな。男も女も関係ないのだろうか。自分に望みはないと思っても、縋りたい気持ちが湧いてくる。水刃がおれの顔を覗き込んだ。
「気にしてくれるの? 火未」
こくんと頷いた。毒を喰らわば皿まで。どうせ堪えきれずに血を流すなら、全部知った後がいい。
「ああ、どうせ傷つくのなら最後までって顔だね。火の星座らしい……。とても綺麗だ」
水刃の端正な顔が近づいて、優しく唇が塞がれた。
目を見開くと同時に、口の中に熱い舌が入ってくる。水刃の唾液が流し込まれた途端、ぞくりと背に何かが走った。
「みず……?」
水刃の瞳が、燃え立つように赤く染まった。
何かが危険だと告げている。体中が火照 り、自分の頬の星紋が熱を持って浮かび上がる。
「好きだよ、火未。初めて見た時から」
水刃がうっとりした顔で言った。長く綺麗な指がおれの頬の星紋に触れて、びりびりと体中に痺れが走った。
待って、水刃とおれは最初どこで会ったんだっけ?
「大丈夫。痛いことはしない。ねえ、いくら星紋が浮かび上がって危険を知らせても、もう体が痺れているでしょう?」
体からどんどん力が抜けていく。まともに起きていられなくてソファーに背を預けた。覆いかぶさるようにして、水刃が何度もキスをしてくる。
「ど……して、ど、く? 体が熱くて……、動け、ない」
「これは、ごくごく少量の毒を薄めただけだから、体が少し麻痺するだけだよ。ごめんね、火未。火と水の力が強すぎると、どうしてもお互いに干渉しあうから」
水刃の言葉はとても優しい。そして指の動きはもっとずっと優しかった。水刃の唇が瞼に触れ、左頬に触れる。チリチリと炙られるように右頬が熱い。これも少しずつおさまっていくんだろうか。
唇の間から再び水刃の舌が入ってきて、口の中をゆっくりと舐っていく。互いの唾液を飲み込むたびに少しずつ体の感覚がおかしくなる。触れられた部分が快感だけを拾い上げた。
美しい指がボタンを外し、シャツを脱がす。一つ一つの動作がとても綺麗だと思った。おれの服を全て丁寧に脱がせた後、水刃は手早く自分の服を脱いだ。見事な筋肉がついた体が現れて目を離せない。目の前の光景に震えて逃げ出したい自分と、水刃に触れて何もかもを確かめたい自分が入り混じる。
「火未、嫌じゃない? ぼくのこと、怖くない?」
「いやじゃ、ない。あ、あの」
水刃が、おれの手を取って、指に口づけた。柔らかい唇の感触にどきどきして、下半身の奥が疼く。
「……もっと触っても、いい?」
「えっ? あ、あの。みず、は」
おれは、口づけられているのとは反対の手で水刃の頬に触れる。冷やりとした肌に潤んだ瞳が自分を見ている。瞳の奥に揺らめく欲に震えながら言った。
「おれは、水刃みたいに、きれい、じゃ、ないけど」
水刃がいいのなら嬉しい。ずっとずっと、好きだったから。
――水刃の瞳が真紅に染まった。
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