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4 野蛮なキス
他人の舌が想像より熱いと、初めて知った。唇を割って、ぬるりと舌が侵入する。戸惑うおれの身体を引き寄せ、濡れた唇がおれの唇を貪る。
ビクリと身体を揺らし、戸惑いに視線をさ迷わせる。思いの外、睫が長い。厚い胸板にドクンと心臓が鳴る。
(え、嘘)
キス、してる。
キスしてる。知らない男と。
ちゅくと音を鳴らし、強引で荒々しいキスを繰り返す。驚いて逃げるおれの舌を無理矢理絡めとり、吸い上げる。上口蓋を舐められ、ゾクゾクと身体を揺らす。
「んぅ、んっ」
くぐもった声は、自分の声じゃないみたいだ。青年は角度を変え、おれの頭を掴み唇を噛んだり吸ったりと、キスを繰り返す。
嘘だ。こんな激しいキス。信じられない。亜嵐くんの前なのに。
気持ち良くて、恥ずかしくて、恐くて、どうして良いか解らない。
「うっ……、んっ……!」
ビクッ、ビクッと肩を震わせて、おれは青年の胸を叩く。
こんなの、嘘だ。嘘に決まってる。
「んだよ、暴れんな……」
掠れた声でそう言って、青年がちゅうっと唇を吸った。
「んぅっ……!」
もしかしなくても彼は、怒っているのだろう。壁をに押し付けられ、唇が腫れるほどキスをされる。眦から涙がこぼれ、唾液が顎を伝って落ちていった。
「あ、んぅ」
青年の手が、指に伸びる。指輪取られると思い、手を握った。青年が睨む。
そんなに、怒らないで。
頭がボンヤリして、声にならない。
気づけばおれは、激しいキスに溺れるように、意識を手放した。
◆ ◆ ◆
「はっ!」
不意に意識を取り戻し、おれは慌てて飛び起きた。何故かベッドに寝かされていた。もしかして夢だったのかと思ったが、唇に違和感を覚えて、夢でないと思い知る。
「う……」
じわり、涙が溢れる。
自業自得とはいえ、酷いじゃないか。あんなキスするなんて、信じられない。
よく知らない男と、キスした。乱暴で、イヤらしいやつ。あんなのが、ファーストキスだなんて。
「うわぁああん、亜嵐くん、亜嵐くん」
推しの名前を呼んで、泣きじゃくる。誰とも付き合ったことがない。今後も付き合うつもりがない。だから自分のファーストキスは、亜嵐くんに捧げてたのに。酷い。あんまりだ。
亜嵐くんなら景色の良い場所で、優しく触れるだけのキスをして、恥ずかしそうに微笑んでくれるのに。あんな、暴力みたいな野蛮なキス。
「う、ううっ……」
グズグズと鼻を啜り、ひとしきり泣いたところで、おれは彼が居なくなっていることに気づいた。気を失ったおれをベッドに寝かせ、そのまま出ていったらしい。
「最悪……」
すん、と鼻を啜り、ふと習慣になっている指輪を見つめて、おれの手にまだ指輪が嵌まっていることに気がついた。
「――指輪。おれの、指輪」
金色の細いリングは、変わらず左手は薬指に引っ掛かっていた。
彼は、指輪を持っていかなかったらしい。どう言うことかは知らないが、指輪がまだ残っていたことにホッとする。
「良かったあ……」
キラキラ光る指輪に頬を寄せ、安堵の息を吐く。
キスは最悪だったけど、指輪は手元に残った。おれはその事実だけにホッとして、青年のことは頭から消し去ることにした。
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