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6 なんでだよ

 げんなりしながら、ファイルを片手に会議室に向かうおれに、同じく夕暮れ寮に住む寮生の高橋竜樹が声を掛けて来た。竜樹はおれに声を掛けてくる数少ない同僚の一人で、唯一名前で呼ぶ相手だ。もっとも、高橋が二人いるから名前で呼んでいるのだが。高橋は休憩中なのか、片手にコーヒーを持っていた。 「上遠野って星嶋と知り合いだったの?」 「誰だそれは?」  おれの返事に、竜樹は困った顔をする。そんな顔をされても記憶にない。 「朝、食堂の前で……」  その言葉に、星嶋というのがアイツのことだと気が付く。星嶋という名前だったのか。初めて知った。 「全然知り合いじゃないし、名前も知らない」  嘘は言っていないのでそう返事しておく。薬指に巻いた包帯の下の指輪が気になった。 「あー……。そうなんだ……。まあ、そうね、タイプ違うというか。上遠野が誰かと居るの珍しいから」 「……まあ」  おれは友達が居ないし、知り合いらしい知り合いも居ないからな。竜樹とは職場が同じ設計なのでこうして話すことはあるが、親しいわけではないので寮では殆ど会話をしない。まあ、挨拶くらいはするけど。竜樹の部屋は一階だから五階に住むおれからすると尋ねるのも面倒だ。最も、尋ねる理由がない。 「――星嶋っていうのか」 「ああ。星嶋芳(ほしじまよし)。確か一つ下だよ」  あんなデカいのに、年下かよ。まあ、亜嵐くんだって背が高いけど。ちなみに亜嵐くんは二十一歳だ。可愛いカッコイイ。 「まー、上遠野は寮内の人間、興味ないですって感じだもんなー」  それは誤解だ。別に興味がないわけじゃない。話す話題がないだけで。アイドルの話とかしても良いなら全然するけど。 「……まあ、話したって仕方がないだろ」 「あはは。上遠野だなあ」  どこをどう切り取って「おれ」なのか分からないが、竜樹はそう言って笑うと行ってしまった。  ◆   ◆   ◆  寮に戻っておれは、管理人室の前に置かれている名簿を確認した。星嶋芳。星嶋芳。教えてもらった名前を探し、部屋を確認する。 (306号室か。よし、三階には近づかないようにしよう)  部屋が解れば、避けるだけだ。朝も夜も時間をずらせば、絶対に会わないもんね。これまでだって逢ったことなんかなかったんだから、徹底して避ければ逢うことはないはずなのだ!!  遅い時間帯に夕飯を済ませ、人の少ない廊下を歩く。売り切れのメニューもあったけれど、混雑していなくてこれはこれで良いものだ。元々、誰とも喋らず一人で食べているのだし、何の問題もない。 (アイツは居ないし、快適快適。あ、そうだ。このまま風呂も利用して行こう)  大浴場の混雑ピークも過ぎている。あと三十分もするとボイラーが落とされるので、うかうか出来ない。シャワーは二十四時間利用できるが、おれは湯船に浸かるほうが好きだ。今の時間ならさほど混雑していないし、まだお湯も使える。  そう考えると、おれはすぐに部屋に戻ってお風呂セットを手にすると、大浴場へと引き返した。  大浴場は予想通り、空いていた。貸し切り状態の風呂に入れると思えば嬉しくなってしまう。鼻歌を歌っていてもバレないかも。さくっと服を脱いでロッカーに突っ込み、タオル片手に浴室に入る。熱気と湯気がむわっと身体に纏わりついた。 「誰もいなーい!」  思わずはしゃいで洗い場の椅子に座る。ウキウキしながら髪を濡らしシャンプーをしているところに、誰かがドアを開ける気配がした。残念、貸し切りとは行かなかったようだ。後から来た誰かも一つ開けて洗い場に座り身体を洗い始めたようだ。シャワーを使って泡を洗い流していると、何かが足に触れた。 「?」 「あ、すみません。滑っちゃって……」  石鹸を落としたらしい青年に、足元に来た石鹸を手渡そうとして、固まる。 「――」 「あっ」  なんで、いつもお前なんだよ!!!!  赤髪の青年、星嶋芳も驚いて目を見開く。おれは石鹸を持ったまま、心の中で絶叫した。

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