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31 最近良い感じな気がする!

 芳の唇が腹に触れる。臍にキスされるくすぐったさに、思わず笑ってしまった。 「ふふっ、ちょっ、くすぐったいよ、芳」 「可愛いから」 「ばか」  チュッチュッと音を立ててキスする芳の頬を掴んで、上を向かせる。顔を寄せ、唇にキスをねだった。 「ん」  太陽の光が射し込み、肌を照らす。産毛がキラキラ光って眩しい。 「何時?」 「九時半」  一晩中抱き合って、疲れはてて眠った二人だったが、起きてからも相変わらずじゃれあっていた。軽いスキンシップをするのはくすぐったい気持ちになる。どんな朝より幸せだった。 「あー、寮じゃなけりゃ、好きな時間に起きて、好きな時間に風呂使えるのに」  芳がぎゅっと抱き締めながらそんなことを言う。 「そうだね……」  本当に、寮が不便だと思う日が来るとは思わなかった。門限もあるし。 「ま、さすがに起きるか。シャワー浴びて、朝飯食いに行こう。どっか、コーヒーのうまい店でも行って」 「うんっ」  身体は怠かったけれど、魅力的な提案に、おれは素直に頷いて起き上がった。    ◆   ◆   ◆  そんなわけで、コラボカフェで手に入れた戦利品を確認もせず、芳とイチャイチャばっかりしていたおれだったが、最終日に『ユムノス』が発表したニュースに、それはそれは飛び上がって喜んだ。 (ライブっ! 決定ーーーーー!)  脳内で打ち上げ花火を上げたいほど、大喜びだった。噂はあったけど、これで確定だ。絶対にチケットを入手するぞっ。  そのニュースが発表になった日、おれは一日中ニコニコ顔だった。竜樹にも「なんか良いことあったの?」と聞かれた程だ。  ああ、嬉しい。幸せ。今日は過去のライブ映像観て予習しようかな。最近、観てなかったし。 「なんか良いことあったの?」  寮の食堂で、本日のおすすめ定食を食べていると、同じくおすすめ定食を大盛りで頼んだ芳がそんなことを言ってきた。ここ最近、時間が合うときはだいたい、芳と夕飯を食べている。時々、良輔さんも一緒になる。おれも話す相手が増えたものだ。 「うふ。解る?」  ニマニマしながら、おれはカボチャコロッケを口に運ぶ。チーズ入りのカボチャコロッケは、寮内でも人気のメニューだ。 「まあ、そりゃ」 「あのね」  おれは勿体ぶってそう一呼吸おいて、芳にだけ聞こえるように囁いた。 「亜嵐くんに逢えるんだ」  アイドルオタクは公言していないから、あまり大声では言えないんだよね。芳は何も言わないでくれるから、本当に付き合いやすい。 「――」  芳も驚いた顔をする。ビックニュースだ。芳も知らなかったに違いない。 「――いつ?」 「えっとね、十二月」  今のところ、十二月のクリスマス近辺三日間と決まっている。全国ツアーではないので、競争率は高そうだ。 「っ、まだまだ、先だな……」 「うん。でも前逢えたのは三月だったからー、半年以上ぶり? 本当に楽しみで」  前回のライブも本当に最高だった。終わったあともDVDを観ながら何度も泣いたもんだ。何で泣けるのかわからないけど、本当に生まれてきてくれてありがとう、亜嵐くん。 「は? そんなに、逢えないもん?」 「そうねー。もっと機会があれば良いんだけど、なかなか……」  昔は小さい会場で頻繁にライブがあったし、ファンイベントとか握手会とか、色々あったんだけど、『ユムノス』もすっかり人気者になったのでそういう機会は少ないのだ。  とは言え、テレビではまだレギュラーの番組なんかは持っていないし、CMも何回かしかない。まだまだこれからのチームでもあるのだ。  人気者になるのは嬉しいけど、寂しくもあるよなぁ。ファンの中には、有名になるのを「手が届かなくなる」って嫌がる子もいるけれど、気持ちは解らなくもない。勿論、おれは有名になって活躍してくれるのが一番だけど。 「嫌じゃねぇの?」 「まあ、仕方がないよ。活躍してるのは嬉しいしね」 「……そっか」  その分、推し活を頑張らなきゃ。今度のライブもグッズがたくさん出るだろうし、DVDも出るだろう。ライブで新曲発表があれば、CD発売もあり得る。 「しばらく残業頑張って、貯金しておかないと!」 「何で?」 「そりゃ、亜嵐くんに貢ぐために決まってるじゃん」 「――は」  推しへの愛はイコールお金だからね。推しに幾ら払えるかってのが、大人のファンの見せ所よ。ファンが買わなきゃ、アーティストは食えない。メルカリで買うなんてしないんだからねっ。 「お前……」 「あ、言わないで。皆まで言わないで。解ってるから」  いい大人がアイドルにお金かけてるの、興味ない人からすれば異常だよね。解ってる、解ってる。  でも趣味だから!  芳は呆れたような、心配しているような、複雑な表情で、それきり何も言ってこなかった。

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