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32 タバコの空き箱に
珍しいことに、おれは今、芳の部屋に一人でいる。念のため言っておくと、別に不法侵入したわけではない。すっかり互いの部屋に入り浸るのが当たり前になっているので、今日もそうだっただけだ。ただ、違うのは、今日は映画を観ながら酒を飲もうと言うことになっただけである。
(二人で行っても良かったんだけど)
本当は近くのコンビニまで、お散歩デート(あれから、何でもかんでもおれはデートと言い張っている)を兼ねて、出掛けたかったのだが、丁度、芳に来客があったのだ。おれは知らない人なので、人見知りをしていた。
まあ、そんな感じでいたら、芳が一人で行って、おれは留守番になってしまった。何でだ。
まあ、良いけど。
「他人の部屋って、ちょっと緊張するな……」
部屋主が居ない部屋と言うのは、どうにも落ち着かない。ソワソワして、無為にその辺を眺めてしまう。
芳の部屋はスッキリ片付いていて、落ち着いた雰囲気がある分、落ち着かない。ここにはおれの入る隙間なんて少しもなくて、ちょっと寂しい。
「エミネム、ウィークエンド……芳、好きそう」
棚に納められたCDは、海外アーティストばかりだ。J-POPはあまり聴かないのだろうか。
そうやって棚を物色していると、ふと空のタバコケースが目に入った。なんだこれ、と思い手に取ると、中からカラカラと音がする。
「?」
何か入っている。
好奇心というわけでもなく、本当に何の気もなく、中を覗いた。
金色の綺麗な指輪。見間違いようがない、かつておれの指におさまっていた指輪。何度も眺めて磨いていたから、間違いない。あの指輪が、箱の中に入っていた。
「――え?」
ドクン、心臓が鳴る。
なんで、ここに?
だって、芳は棄てるって。
「え――っと」
指輪を元あった場所に戻し、何も知らないふりをしてベッドに座る。
どういうこと?
棄てるから、返せって言っていた。その為に、あんなに追いかけ回していたのに?
何故、まだここにあるんだろう。
「ゆっ、指輪に罪はないし……」
彼女を思い出すから、見たくないと言っていた。じゃあ、今どうして、まだ持っているの? どうして隠すようにしまってあったの?
「……おれには、関係ないし……」
ズキン、胸が軋む。
どうして。どうして。どうして。
こんなこと、言う資格ないのに。
「なんでぇ……?」
踞って、じわりと滲む涙を膝で拭う。
彼女と何かあったんだろうか。
芳の心境に、なにか変化があったんだろうか。
どうして、何も言ってくれないんだろうか。
今さら、どうして芳が自分を抱くのか、解らなくなってしまった。
互いに、身体の相性が良いからと、始まったような関係。おれも芳も、身体目当てだったと思う。
指輪を持ったまま、芳はどうしておれと寝るんだろう。
おれは今、どうして泣いてるんだろう。
教えて貰えないことが、悲しかったのか。悔しかったのか。
解らないし、解りたくない。
これ以上、自分の感情を知りたくなくて、おれは芳の部屋から逃げ出した。
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