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『金平糖の君』3

障子からいくらか漏れていた光の元の、歪な窓に"それはいた"。 眞ノ助の部屋の半分もない、四畳程度広さに、見目麗しい女の人がいた。 先ほど幽霊だと思った女性とは全く違い、少々長めの黒髪を前に垂らし、色鮮やかな赤い着物を身に纏い、唇には紅を差していた。 そんな不釣り合いな程に綺麗な女性が、こちらににこやかな笑みをくれた。 途端、心を鷲掴みされたかのような感覚を覚える。 当時の自分にとっては、初めての感覚であったので理解はできずにいたが、瞬きもせず見続けていたかった。 「──ほら、眞ノ助。私だけの『大事な人』だよ」 祖父がそう言ってもなお、熱に浮かされたかのようにその『大事な人』だという人を見ていた。 「あら、清志郎様。『大事な人』だなんて、私のような者にかける言葉じゃありませんよ」 くすくすと袖で口元を隠し、上品に笑う『大事な人』から紡がれる声は、低い声を交えながらも、耳朶が震える程、艶のある声であった。 それを聞いて、眞ノ助は心臓が高鳴るのを感じた。 この感覚は何なんだろうか。 「だが……っ──」 「それよりもその小さなお客様は、前に仰っていた、可愛いお孫さん?」 「……そうだ。一人孫の眞ノ助と言う。ほら、眞ノ助も挨拶を」 ぐいっと、背中を押され、その反動で一歩前に出、小首を傾げる『大事な人』との距離が近くなり、頬をさらに赤らめたものの、「しんの、すけ……」と呟くように名乗った。 途端、『大事な人』はふんわりと笑った。 「ふふ、きちんと名前が言えてえらいですね。そんな子には、コレをあげましょう」 袂から手のひらに収まる程の小さな包みを、指先の細く綺麗な手のひらに置いて、こちらに差し出してきた。 その包みと、『大事な人』と見比べていると、「甘いお菓子だよ」「受け取りなさい」と二人に言われたことにより、躊躇しながらも受け取った。 心臓が痛いぐらい脈打っていたのもあり、代わりにそのもらった包みを握りしめていた。 その時、手に伝わったのは小さな固い物。 お礼を言いそびれて、とっさに祖父の後ろに隠れたことに、その人はきょとんとした表情を見せたが、「可愛い」と笑いを堪えるような声で肩を震わせた。 その後も緊張と高鳴る鼓動が収まらない眞ノ助は、そのうち二人だけで会話していても、一切耳に入らず、何の会話をしていたのか、その中で『大事な人』の名前を言っていたような気がするが、ただぼーっとその人の表情を見つめていた。 帰ってからもその人のことが忘れられず、しばらく呆然としていたものの、握られていた物を夢見心地の気分のまま広げた。 その中にあったのは、色とりどりの金平糖。 一つ摘んで、口に含むと、甘い味が口に広がった。 脳裏に浮かんだのは、頬を染めながら祖父と話すあの人の表情。 一つ、また一つと口に入れると、あの人の様々な嬉しげな表情が浮かんだ。 そうしていくうちに、眞ノ助はその時想ったことともらった金平糖を忘れないようにと、仮に『金平糖の君』と呼んで、この金平糖が食べ終わる前にまた会えたらなと切に願って、その日を待ちわびていた。 ──が。食べ終わっても、しばらく経っても、その日が来ることは二度となかった。

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