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葬式の中で 4
"祖父"が収まっている棺の前で、焼香を上げる寂柳の姿を、廊下の障子から覗くように見ていた。
他の人達は適当に、さっさと終わらせていたのに対し、寂柳は、あのか細い指をゆっくりと、目を閉じながら、落としていった。
まるで、最期の対話をしているかのようだ。
その姿を斜め後ろから見る形で様子を伺っていたが、座ってもやや高い座高であり、いつまでも見ていられるぐらい美しい絵画のようだった。
「寂柳、蓮…………」
耳朶を震わすほどの綺麗な声で紡がれた名を、反芻する。
とても珍しい名字だ。ごくありふれた名字ではないのだから、どのような家柄だとすぐに分かるはずなのだが、この辺りに住む者ではなさそうだ。しかし、少なくとも低い身分ではない。
長男は家督を継がなければならないから、次男以下なのだろう。
「──ここで、何をしている」
不意に影が差したのと同時に、抑揚のない男性の声が、背後から聞こえ、肩を大きく震わせた。
この声は。
諦めにも似た気持ちで、振り返った。
そこにいたのは、眞ノ助と目元が非常に似て、しかし、眼光が鋭く、祖父とはまた違う威圧さで、眞ノ助のことを見下ろしていた。
佐ノ内家現当主にして、眞ノ助の父である眞一だ。
先ほど述べたように、実の子供に対しても表情を変えず、限りなく少ない口数で会話するものだから、たとえ圧を掛けていなくても、眞ノ助にとっては畏怖すべき人物で、父の前では萎縮しきってしまい、口の中で言葉が絡んで上手く出なかった。
と、すぐに応えなかったことに痺れを切らしたらしい、眞ノ助の背後に視線を向けた。
つられてその方向に目を向けると、ようやくし終えたらしい、寂柳が立ち上がるところだった。
「……知り合いの伝手で、連れて来た側仕えだ──今度は、すぐに棄てるのではない」
「は、い…………」
去り際、独り言のように言ったその言葉に、「これ以上私の手を煩わせるのではない」と言われたような気がして、引きつった返事をした。
父はこちらに来ようとしていた寂柳を引き止め、一言二言会話をした後、先ほどの席に座り、寂柳はこちらにやってきて、一礼をする。
「つい先ほど旦那様とお会いになりまして、二日後に正式にこちらで仕える話だったのですが、今日から眞ノ助坊っちゃまに仕えることとなりました」
「……あ、そう…………」
今さっきの会話でそのようなことになったのだろう。
ここ数日眞ノ助の側仕えの代わりとしていた側仕えは、だいぶ眞ノ助のことを分かっていなくて、辟易していたところだった。それを知って、父はそのようなことをしたのだと思われる。
「坊っちゃま。お顔の色が良くなさそうに見えますが」
「…………お前には、そんな顔に見えるのか」
「いえ、私の見間違えのようでした。失礼しました」
本当は寂柳が指摘したように、父のことで青ざめていたのだ。けれども、素直に頷きたくなくて、そう言い返した。
少しの間の側仕えはそのようなことにも気づけなかった。
ただ人の顔色を伺い、不安げな表情をするのが心底気に入らなかった。
今度の側仕えはもしかしたら。
「では、私達も参りましょう」と促す寂柳と共に、嫌な雰囲気が漂う部屋の中に戻ることにしたのであった。
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