「──坊っちゃま。眞ノ助坊っちゃま」 ぼんやりとしていた景色が切り替わり、呼ばれた声の方へと勢いよく上げた。 きっと驚いている顔をしていたのかもしれない。顔を覗き込むように見ていたあの側仕えが一瞬、きょとんとした表情をしていたからだ。 みっともない表情を見せてしまった。 恥ずかしくて、顔から火が出そうになっていたが、何かを思い出したかのように、バッと自身とは真反対の、遠くにいる父の席を見やった。 父と秘書の姿はなかった。 仕事が立て込んでいるのだろう。さっさと食事を済ませ、仕事場に戻ったのだろう。 ついでに母の姿もないこともあり、安堵していた。 「あの、坊っちゃま。旦那様は仕事に戻られて、奥様は──」 「分かってる。僕も食事を切り上げる」 「ですが、あまりお召し上がれて──」 「お前は僕の側仕えだろ！ 僕の言うことを聞いてろよ！」 持っていたスプーンをテーブルにバンッと置きながら、その勢いで立ち上がり、怒声を上げると、僅かながらに眉を下げたように見え、次に出かかった言葉が、引っ込んだ。 今までならば、そのような表情を見ても、持っているスプーンを投げつける程であったのに。 やっぱり、『金平糖の君』と全く同じ顔だからか。 「……申し訳ありません。私のような者が出過ぎた真似をしてしまいました」 深々と頭を下げる側仕えに、誤魔化すかのように鼻を鳴らした。 「……僕は部屋に戻る。入浴時間になったら、呼びに来い。それ以外は絶対に来るなよ」 「……はい」 萎んだ声で返事する側仕えが頭を下げたままでいるのを、横目で見ながら部屋を後にした。 面白くない。 わざとらしく足音を立て、興奮が冷めやらない頭にその言葉が浮かんだ。 つまらない。 今までの側仕えであるなら躊躇せずにしていたことが、顔を見た途端、する気力が失われる。 面白くない。面白くない。面白くない……。 ため息を吐いて、自室の障子に手を掛けた時、中から何かが崩れるような大きな音が聞こえた。 またガラグタの山が崩れたのだろう。 寝る場所がなくなっていくなと思い、開いた。 さっきよりも散らかった部屋を見て、苛立った。 文机の前まで侵食され、入浴時間までの暇潰しにやろうと思っていた勉強が出来なくなったからだ。 八つ当たりするように、踏み場のない足元の玩具を蹴り飛ばし、何とか座る場所を確保をし、文机の前に座る。 筆記用具を持ち、教科書の文を目で追っていたものの、苛立ちが止まらないせいで、集中出来ず、弄んでいた筆記用具をその教科書の上に苛立ちげに置いた。