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つまらない 6

──と思っていたが、怒りとは違う感情が芽生えたのも事実で。けれども、それを素直に認めたくなくて、苛立ちが増していく。 「──と、話している場合ではありませんね。いつもの入浴時間よりだいぶ過ぎております。早く就寝なさらないと、明日に支障をきたしてしまいます」 「うっさい! そんなに急かすなら、起こせば良かっただろ!」 「……起こすのは、あまりにももったいない……いえ、配慮が足りませんでした。申し訳ありません」 眉を下げ、姿勢を正した側仕えは、綺麗な指先をその薄汚れた畳に添えると、深々と頭を下げる。 指が、頭を下げた拍子に滑り落ちる、艶やかな髪が、汚い畳についてしまった。 今になって、部屋の汚さに後悔し始める。 しかし、態度に表れたのは、「……入ってくる」と苛立って仕方ないといったような、現実から逃れるかのような、素っ気ない言い方。 外廊下へと出、障子を閉め、寄りかかった時、中にまで聞こえるのではないかと思うぐらいの大きなため息を吐いた。 何をしたいんだ、自分は。 その気持ちを抱えたまま、気乗らない足取りで風呂場へと向かった。 適当に身体を洗い、ほとんど泡を付けたまま湯船に浸かる。 じんわりと身体の芯まで暖かく感じていくのを、さっきとは違うため息を吐いた。 この瞬間だけは好きかもしれない。 風呂場であれば、誰かに邪魔されることはなく、時間は限られているが、自分の好きなように、というより、胸の内に溜まっていたものごと洗い流してくれる気がするから。 その心地良さに、ふっと目を閉じ、意識を手放しかけた。 ──……起こすのは、あまりにももったいない……。 目を開けた。 先ほどの側仕えの言葉が脳裏に浮かぶ。 もったいない、のその先は何を言おうとしたのか。 夢の内容が内容だから、あまりいい夢を見たとは思えないが。 それは、夢というよりも、あの側仕えが目が覚めた時、微笑んだ顔を見せてくれたから。 「…………っ!」 ばしゃん! と、両手ですくったお湯を、勢いのままに顔にかけた。 何を、何を言っているんだ。あれは社交辞令と同じで、別に何とも思ってないものだ。自分が思っているこの気持ちも、そう思わせているだけで、決して『金平糖の君』と同じような顔をしているのもあって、ただ勝手に心臓が跳ね返っただけで、どこぞの知らない側仕えにそんな感情になるはずが。 「……嘘、に決まってる」 心の内に呟いたと思った言葉が漏れ、だが、響くことはなく、お湯の中にと混ざってしまったのであった。

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