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夏の風物詩と。 3
あれから、数週間後。
あの後、帰りがてら「この日のこの時間のこの場所ね!」と口頭で言いながらも、メモしたのを渡してきた。
こういう"約束事"は、初めてだ。
周りの人──友達は作れず、両親はまともに話したことはなく、唯一可愛がってくれた祖父にすら、約束というのをしたことがなかった。
祖父に約束をすれば、また『金平糖の君』に会えただろうか。
この想いを伝えることが出来なくても、また一目見れるだけでもいい。
それだけでも。
ちなみに、そのメモを渡されたのが迎えの車の前であったため、当然側仕えに見られていた。
ドアの前で控えていた側仕えが、「伊東様と約束されたのですか?」と訊かれたため、返事代わりにメモを押し付けた。
「おや、日付けは、夏休み真っ只中の……あの場所ですか」
「知っているのか」
「ええ、一応。近くに大きな池がありましてね。ちょうどこの時期に蓮の花がたくさん咲くのですよ」
眞ノ助を中へ乗せ、運転席へ回った。
口調こそは穏やかであったが、どこか浮かない表情をしていたのである。
そのことについて問いただそうとするが前に、側仕えがこう言ってきたのだ。
「また別の日に、私と行きましょう」
「──あ、佐ノ内君! それに寂柳 さん、こんにちは!」
伊東が指定してきた集合場所に車で来、側仕えにドアを開けてもらい、降りそうとした時、声がかかった。
見やると、駆け足気味の伊東が、嬉しそうな顔をしてこちらにやって来た。
「来たか」
「伊東様、こんにちは。ちょうど良い頃合いで来られました」
「へへ·····。ま、僕って真面目だからね」
「ふふ、そうでしたね」
「まだそれを言うか」
眞ノ助がすかさずそう言うと、二人がどっと笑う。と、すぐに伊東が「そういえば」と言った。
「佐ノ内君がこうして、ちゃんと来てくれるとは思わなかったよ」
「お前があんなにもしつこく言ったからだろう」
「そうですね。こころなしか坊っちゃまは喜んでおられていたかと思います。しきりにカレンダーを見ていましたし、勉強が捗ってましたしね」
「お前なっ!」
「あらあら、これは失敬を」と口では謝罪したものの、笑みを零していた。
「佐ノ内君·····! そんなにも楽しそうにしていたんだね!」
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