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夏の風物詩と。8
「それにしても、どうして部屋の名前と着物の柄が一緒なんだろうね。単純に考えて、泊まりに着たお客さんが、どの部屋に泊まったのか分かりやすくするためかな」
「そうなんじゃないのか」
「僕、数える程しか旅行したことがないし、さほど覚えてないけど、そういう旅館もあるんだね。佐ノ内君は、旅行に行ったことがある?」
「·····さあな。覚えてない」
両親とは確実に行ってないはずだが、祖父となら行ってそうだ。それらしき記憶は、旅館の窓の外から地平線が見えるくらい果てしなく広い海が望めた。
ところが、玩具の時のようにこれといったことは覚えてない。会話さえも思い出せないことから、本当に面白くなかった、ということか。
「ふうん、そうなの。佐ノ内君の家ならば、よく行ってそうだなと思っていたんだけど。あと、別荘持ってそう。軽井沢辺りに」
「なんだ、勝手に。·····まあ、別荘はあるかもしれないが、家族では行かないな。一緒に行くほどの仲じゃないからな」
大したことない風に言ったのだが、伊東は申し訳なさそうな顔をする。
「あ、なんか·····ごめん·····」
「なんなんだ、急に。あいつと同じように、からかってくるのかと思ったぞ」
「寂柳さん、こういうことではからかわないと·····思う。本当に嫌なことはしなさそうだし」
「·····どうだがな。人は手のひらを返すように、すぐにそういうことをするだろう」
学級の連中がいい見本だ。
一人では何にも出来ないクセに、数人で寄ってたかって、あることないことを言いふらし、先生の前ではいい子を演じるものだから、余計にこちらが悪く思われてしまう。
本当、よく出来たやつらだ。
皮肉そうに嗤った。
「·····"人の良くないことを言うのは、自分の品位までも下げてしまう"」
ぐっ、と押し黙っていた伊東がぽつりと呟いた言葉に、眞ノ助は聞き返した。
すると、下げていた頭を伊東が上げた時、眞ノ助は一歩後ずさりかける。
伊東の目が怒っていたからだ。
「どんなに家柄が良くても、自分の行動次第で、自分も含めて周りに悪影響を及ぼすんだよ! どうして寂柳さんのことも悪く言うのかな!? クラスの人達とは違うんだよ! これ以上、自分のことを悪く思わないでよ! 自分自身で好きになれないなら、僕が好きになってあげるから!」
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