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夏の風物詩と。9

やや早口気味で怒声と共に紡がれたその言葉達は、その勢いで気圧されたのもあるが、一つ、胸にじんわりと染み入ったような気がした。 悪かった。 その言葉さえも言うのが小っ恥ずかしくて、肩で息をする伊東に代わりに言ったのは。 「·····あまりにも、もの好きだな」 踵を返して、そう言った。 「えぇ!? もう、佐ノ内君!」 「一階はもういいだろ。二階に行くぞ」 「あぁ! 待って!」 目を凝らせば、薄ら見える先に階段が見える。 誤魔化すかのようにそちらに足を向ける眞ノ助に、すぐさま追いついた伊東が、やはり先頭に行き、足元を気をつけながら、向かっていく。 「·····さっきの、品位がどうのこうの言ったでしょう。あれ、母さんがよく言っていた言葉なんだ」 沈黙で静まりかけた頃、伊東がそう言った。 「悪口って、聞いていて気分がいいものじゃないよね。何が面白いのか、わざと聞こえるぐらいの声で言ったりして。·····謂れ(いわ)れのないことをずっとね」 二階へと続く階段へと昇る。 「足元、気をつけてね」と足元を照らしながら、ゆっくりと段に足を置く。 その度に、ギシギシと軋む音がする。 「··········実は、母さん、白血病だったんだ」 真っ直ぐ続く階段であり、さほど長くないようだ。昇りきろうとした時、伊東がそう言い、踏み出しかけた足が止まった。 「だった、ということは」 思わず顔を上げると、振り返っていた伊東と目が合い、ゆっくりと首を縦に振った。 「·····僕が中学入った頃だったな。発症して、呆気なくね·····」 消え入りそうな声で辛うじて聞こえた言葉に、返す言葉が見つからなかった。 好いていた人の死に触れたことのある者ならば、そういう苦しいと思うことは思い出しくもないだろうし、言葉にもしたくないのだろうと思う。 現に眞ノ助も死ぬ直後、あれほど罵声を浴びていた人が物言わぬ姿となって、再び顔を合わせることとなった。 あの時は何にも思わなかった感情が、側仕えに玩具を通じて、祖父との思い出を語っているうちに、想いが溢れた。 今も、かつての楽しい記憶が甦るが、同時に嫌な記憶も思い出してしまう。

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