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夏の風物詩と。15

自分達が来た側は木々が生い茂っており、蝉が忙しなく鳴いていたが、池の周りはさほど木々はなく、それでもうるさいのには変わりないし、やや日に当たり、暑さで場違いな長袖を捲ったものの、その露出した肌がヒリヒリとし出し、再び不快指数が高まってきた。 ところが、池の前に来た途端、それらのことは一気に吹き飛んだ。 自分らの背より高く、池を覆い尽くさんばかりに大きな葉に小ぶりな薄桃色の花が可愛らしく咲き誇っていた。 こんな花、いつもならば何とも思わなかったのに、どうしてか今はいつまでも見ていたいと思った。 それは、この場所には一度も訪れたことがないはずなのに、どこか懐かしさを覚えているようだったからだ。 「綺麗だね」 「…あ、……別に僕は興味がないからな、そうとも思わない」 「とか言って、すごい見ていたじゃないか。さっき気にしていたから、適当な理由をつけて、君を連れて行ってあげたのにさ。素直に言ってみなって」 「素直、になんて……」 今まで素直に物ごとを口に出来なかった者に、どうやって素直に花を愛でればいいのか。 「あ! そういえば、寂柳さんの名前ってなんだったけ?」 「なんだよ、急に」 さっきの側仕えに非常に似た女性のことを思い出してしまうから、あの者のことは、なるべく思い出さないようにしていたというのに。 しかし、眞ノ助の心中を察せるわけがなく、伊東は話を続ける。 「んー……、なんか蓮の花を見ていたら、急にそう思って……。なんだっけな……」 うんうん、と腕組みをしながら唸っている様子の伊東に、そこまで悩むほどかと呆れた目で彼のことを見ていたのも束の間、「あっ」と一際大きな声を上げ、目の前の蓮の花を指差した。 「『蓮』!! 寂柳さんの名前、蓮だ!! そうだ! 初めて聞いた時、珍しい名前だなって思ったんだ! で、柳と蓮って、非対称だなって思ったんだよね。佐ノ内君もそう思わない?」 「な、何が」 「だって、柳って言うと見た目不気味だし、おばけがその下にいるイメージじゃない? 蓮の花はお釈迦様のイメージだし。ほら、やっぱり非対称だよ」

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