72 / 113
柘榴 5
「おは──うわっ、佐ノ内君その顔どうしたの!」
人の顔を見るなり、大声を上げるものだから、不愉快だと眉を思いきり潜めた。
「寝れなかったんだ。全く」
「寝れなかったって……。遅くまで何かしていたの。あ、僕みたいに怖いものに興味が湧いてきて、夢中になって読んでいたら、いつの間にか朝になっちゃってたとか?」
お前は何しているんだ。
わくわくとした面持ちでそう語る伊東に、馬鹿らしいと言い返そうとした。が、言う気にもならなかった。
それよりも今は、少しでも寝ていたい。
「どこかに消え失せてくれ」とあしらおうとするが前に、「あの例の旅館のことで、少し分かったことがあるよ」と耳打ちしてきたことにより、少し眠気が無くなっていた。
「これを見て」
そう言って、クリアファイルから取り出したのは、スクラップ記事。
その記事の大きな見出しを見ると、『芸者刺殺 犯人心中』というその隣に、『違法営業で家出少女達を接待させていたか』と大文字で書かれていた。
「父さんの知り合いで、新聞会社で働いている人がいて、仕事がてら調べてくれたんだ。あそこの話をしたら、あまりいい顔をしなかったから、まさか調べてくれるとは思わなかったんだけど……」
段々と語尾が小さくなってくる。
恐らく、好奇心旺盛な伊東だから納得のいくまで探すと思ったから、伊東の父はその記事を見せたのだろう。
しかしまさか、そのようなことがあったとは。
「ただの旅館かと思っていたら、まさかのそんな所だと思わなかったよね。だから、あんな人気のつかない所に……けど、おかしいよね」
「……何が」
記事を見つめたまま返事をする。
すると、伊東が何故か言いづらそうに答える。
「寂柳さんって、男性だよね? 芸者って男でもなれるのかな」
「僕がそんなことに詳しいわけがないが、そうじゃないと思うが」
「だよね」
苦笑気味に言う伊東の声を遠くに追いやりながら、眞ノ助は『寂柳蓮』という文字を探していた。
けれども、そこで働いていたらしい、しかも、少女達の本名が載っているだけで、その名はなかった。
ということは、そもそもあそこで働いていたことは嘘だったのか。それとも、この事件が起きる前に辞めてしまったのか。
あの名前は偽名だったということから、本当はこの載っている名前の中にあるのか。
ともだちにシェアしよう!