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柘榴 9
「─なぁ。廊下に柘榴が落ちてなかったか?」
朝食の時間になったと呼びに来た側仕えに、結局ボタンが掛け間違えていると掛け直された後、側仕えの後ろで歩いて少しした後、そう訊ねた。
「廊下に柘榴? いえ、私は見ておりませんが……」
「寝る前には落ちてなかったはずだが、夜中に起きて見てみると、必ずっていいほど落ちているんだ。最初に見たのは、祖父の部屋の目の前で、昨日はその突き当たりの所で。それを見始めたのは最近なんだが、なんなんだろうな」
最後の辺りは独り言のように呟いて、改めて妙な気味の悪さを覚えた。
「妙な話ですね。毎日のように見かけるだなんて。今が食べ頃の物ですが、それと何か関係があるのでしょうかね」
「それと、毎日のように落ちている場所が違うことと何か関係あるのか?」
「……いえ、そうですよね。関係ありませんよね」
一見、いつもと変わらない声音のように聞こえたが、眞ノ助の耳には、何か言いたげとも自分に言い聞かせているように聞こえた。
「何か、言いたいことでもあるのか?」
「どうしてそう思うのです?」
「いや、そう思っただけだ。何もないのなら別にいい」
話を終わらせた途端、二人分の足音だけが聞こえてくる。
そうして意識してしまう、甘酸っぱい匂い。
眠気覚ましにはちょうど良いと思っていたが、匂いを嗅いでいくうちに記憶の奥底から、何かが思い起こされていく感覚を覚えた。
この匂い、どこかで嗅いだことがある。
しかし、それをどこで嗅いだのか分からない。
そのモヤモヤ感が鬱陶しくて、晴らそうと単刀直入に側仕えに訊いてみた。
「なぁお前、香水かなんか付けているのか?」
「何か不愉快な匂いがしますでしょうか」
「いや、悪くない匂いだが、最近気になったものだから訊いてみただけだ」
すると突然、側仕えが立ち止まった。
急なことに眞ノ助は立ち止まれなく、背中に顔が当たる形となってしまった。
いきなりなんなんだと文句を言おうするが、その瞬間、鼻がおかしくなるほどにあの匂いがいっぱいに入ってくる。
そこで、ハッとした。
そうだ。この匂いは。
確信づいた眞ノ助に謝罪の言葉を口にすることもなく、振り返ることもないまま、ぽつりと呟いた。
「…………罪が、消えないのです」
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