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柘榴 12

「……前に言った、"人の良くないことを言うのは、自分の品位までも下げてしまう"っていう言葉、あれね、僕のせいで戒めることになったんだよ」 「戒め?」 「そう」 箸を配膳に置いた伊東が、改めて眞ノ助を見た時、先ほどのおちゃらけた顔から一変、真剣な表情の中に悲痛そうな顔が見え隠れしていたことが見て取れ、他人(ひと)のことなのに、心がザワつくのを感じた。 伊東が一呼吸を置いて話し出した。 「……母さんの病気が白血病だったって言ったでしょう? そう告げられる前から、父さんとちょっとしたことがきっかけで喧嘩になったんだ。そのままずっとギスギスした関係が続いていた頃にあの病気になって。一応、父さんにそのことを報告したらしいんだ。……その時、何て言ったと思う?」 眞ノ助の両親は、出会った時からそのような関係であったため、喧嘩というよりも、互いに当たり障りのない接し方をしているようで、二人が何かを話しているところなんて、今まで一度もなかった。 だから、少し考えても何も思いつかなく、「……いや」と返事をすると、「そうだよね。思いつくことじゃないよね」と返し、こう言った。 「他に男が出来て、その時の(ばち)があったんじゃないか、って……」 声が沈んでいく。 眞ノ助の母がその疑惑があるが、もし、母がその病気になり、父がそのような旨を言ったら、あの母はどう思うのか、そして、眞ノ助自身はどんな気持ちになるのか。 いや。自分には、今の伊東のように誰かを想って、泣きそうな顔をしない。 ならば、『金平糖の君』だったら? あの人が誰かにそう言われたと傷つけられたのなら、その相手を許しはしない。 そこで、眞ノ助はハッとした。 これが、今の伊東の気持ちなのか。自分のことのように傷ついた顔をして、今は亡き者に想いを馳せ、そして、父からの言われのない言葉に腹を立て。 ハンカチで涙を拭い、鼻を啜った伊東がどうにか言葉を紡ぐ。 「腹を立てていたから、ついそんな言葉が出てしまったんだと思う。けれども、それを聞いた母さんは、諦めた顔をして、救いようがない体が朽ちていくのを、静かに待っていた」

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