97 / 113
……
柘榴が彫られた扉の前に立っていた。
薄暗い廊下には自分しかいなく、耳が痛いぐらいに静かだった。
自分の息遣いの中に紛れるように、微かなすすり泣いているような声が聞こえた。
どこから聞こえるのか、とはとうに見当ついていて、考える間もなく、目の前の扉を開いた。
やや奧の座敷に、申し訳程度の行灯の明かりが灯され、それに照らされている、赤い着物に身を包んだ女性がこちらに背を向けて、声を押し殺すように泣いていた。
ゆっくりと、畳みが沈む感触を足裏で感じながら、その女性に近づいた。
「──柘榴」
手に触れられそうなそばに来た時、呼んだ。
細い肩を小さく震わせた『柘榴』は、恐る恐るといったように、こちらに振り向いた。
目が合った瞬間、違う、と口の中で言った。
そう。この女性の姿をした人は。
「…………寂柳」
ともだちにシェアしよう!