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『金平糖の君へ』3
「私に与えられた名前が『雪人』であったので」
「与えられた? お前、名前がなかったのか」
「はい、そうですが」
なんてことのないように雪人は言う。
あの側仕えには、『寂柳蓮』でも『柘榴』でもない大切であった両親からもらった本当の名前があったはずだ。それですら捨ててしまい、どのような手段で祖父を手をかけたのかは訊けるわけもなく、そうされて当然の罰を受けた、忌々しい相手の名前を名乗っている。
どんなことがあっても、人に手をかけてはならない。だから、ずっと罪を償っていた。
この男も、何か複雑な事情があったのだろう。
「……まあ、いい。どうせお前は、寂柳の代わりに僕の側仕えとしてやってきたのだろう?」
「はい。旦那様から、眞ノ助坊ちゃんの側仕えをするよう言われました。その寂柳殿は、近いうちにここを去るそうです」
心臓が一瞬、止まった。
自分でそう思っていたのに、いざそう言われると、最悪な現実を無理やりにでも受け入れないとならない。
そんなの、嫌だ。絶対に嫌だ。
「……嘘、だろ」
「いえ、寂柳殿が少々長い期間、使いものにならなくなったので、いてもしょうがないと、旦那様が」
「……使いものにならなくなったと言うなよ。寂柳は、今まで仕えてきた側仕えの中でも、一番に僕のことを考えてくれ、寄り添ってくれた。何も知らない父上が口出しするなよ……!」
カッと、体中が熱くなるのを感じる。
痛いぐらいに握りしめた手が、小刻みに震える。
許せない。許せない。許せない……!
「坊ちゃん、どこに行かれるのです」
「決まっているだろ! 父上と話をしてくる!」
「お待ちください。旦那様は、仕事で今はいらっしゃないのです」
「…………くそっ」
やり場のない怒りを床にぶつける。
いつ帰ってくるんだ。この底知れない怒りをぶつけてやろうと思ったのに。
いや、どうせ話をしたとしても、決まったことだと一蹴されるだけで、何の話もならない。
どうしたらいい。
床に何度も八つ当たりをしている時、あることが思いついた。
そうだ。寂柳と共にこの屋敷を出ればいい。
自分は、自分こそ生きていく術を知らないが、寂柳と一緒にいれば大丈夫だ。
「おい、お前。寂柳はどこにいる」
「寂柳殿は、体調不良でおられます。良くなられてからお会いになられない方が良いかと」
「そんな悠長なことをしてられない! そう言っておいて、そのまま僕に挨拶なしに追い出すんだろ! なんだっていい、勝手に探してくる」
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