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『金平糖の君へ』5
「本当に心の整理がつくか?」
「つくよ。僕も本当はくじけそうになっていたんだけど、口にしてみたら、また頑張ってみようと思ったんだから」
嘘偽りのない笑顔。その顔に気圧されて、眞ノ助の方から顔を逸らしてしまった。
そして、誤魔化すかのように「……車を待たせているから、短めに話す」と言って、伊東を避けて歩き出す。
「……誰かに好かれたことも、好いていた相手も、今となっては嫌いになったから、寂柳に対するこの気持ちは何なのか分からない。……だが、ただ一目だけでもいい、あいつの顔が見たいんだ」
「顔を見たいと思うのなら、会いに行けばいいと思う」
「……行っていいのだろうか。僕のことでさえ、もしかしたら嫌っているのかもしれない。だから、体調不良という嘘を吐いて、このまま会わずに終わらせようとしているのかもしれないんだ」
「何があったかは分からないし、言いたくもないのなら言わなくてもいいけど、今会わないときっとこの先、ずっと後悔する。……早くに母さんと別れた僕みたいにね」
独り言にも似た言葉に、思わずそちらを見やると、悲しそうな伊東と目が合った。
多少、雪人とは違うが、似たり寄ったりな、後悔の念のようなものを感じ取った。
とすると、雪人も今でも引きずるぐらいに大切な人でもいたのだろうか。
しかも、その相手は眞ノ助と同じ立場の人のようだった。
「坊ちゃん。まだお眠りになられていないでしょうか」
慣れてしまった布団を敷くことに、そろそろ寝ようかと布団に潜ろうとした時、障子越しに声がかかった。
こんな夜更けに、しかもあの使用人が声を掛けてくるだなんて初めてだ。少々驚きながらも、「何の用だ」と返事をする。
「夜遅くに申し訳ありません。……少々急ぎの話がありまして」
やや小声で言ったことに、は、と息が漏れた。
「寂柳のことなのかっ」
急いで障子を開けると、両膝をついた雪人がこちらに目もくれずに、ただ一点を見つめていた。
「……ここですと、誰かに聞かれるかもしれません。ひとまず、中に入れさせていただけないでしょうか」
「……わかった」
「入れ」と促すと、「失礼します」とすっと立ち上がった雪人は、鴨居を避けて部屋へと入り、再び座ると障子を閉じた。
そして、正座をしたままこちらに姿勢を直すと、眞ノ助もその前に座る。
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