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第3話
洗顔を済ませ食堂に向かう廊下の途中で、戻って来る二人と鉢合わせした。
「おいユイ、食堂に誰もいねーぞ。どこ行ったんだ?」
和彦は不機嫌そうに眉を寄せ、広樹もいつもの軽さのないどことなく深刻な顔で首を傾げている。
「いない? だって、部屋には誰も残ってなかったぞ」
そういえば部屋どころか洗面所にも廊下にも、他の連中の姿は一人として見えなかった。
妙だ。
合宿に参加している部員は全部で30名を越す。決して広いとはいえない合宿所で、誰とも顔を合わせないというのはおかしくはないだろうか。昨日の夕食時のミーティングで、顧問兼監督の教師が今朝は8時に食堂に集合とちゃんと全員に伝えたはずだ。
「中野先生は?」
「いないんだよね。先生が全員連れて、どこかで先に練習してるってちょっと考えられないんだけど」
肩をすくめる広樹。
和彦はやれやれと首を振りながら、スマートフォンを操作し首を傾げる。苛立たしげに動く指は止まらずその顔付きは次第に険しくなり、ついには悲鳴じみた声が上がった。
「ちょっ、何これ電源入んねーって、イカレた? 機種変したばっかっしょ!」
唯斗も顧問教師にかけるべくスマートフォンを取り出す。
操作しても画面は暗いままだ。電源ボタンを何度押しても、全く起動する気配がない。
同じようにスマートフォン片手に固まっているその表情を見る限り、広樹も同様な状態らしい。
「ユイさーん、ヤバイ! 俺のガラケーちゃんがついに壊れちゃったみたいっス!」
後片付けを任せてきた勝が、悲惨な声を上げ追い付いてくる。芸人気質でいつも陽気な彼も今はすっかりしょげ返り、手の中の折りたたみ携帯をしきりといじっている。
「んだよ、全滅かよ。ったくムカつく! どーなってんだこれ!」
片時も手放さない愛機の不調に、和彦は天を仰ぎ頭を抱えた。
「マサ、おまえここに来るまでに、誰か他のヤツと会ったか?」
携帯を握り締めたまま、勝は唯斗の問いに不安げな顔で首を横に振った。
「えっと……食堂にいないんスか?」
「いねーんだよ。そういやーまかないのおばちゃんもいねーや。メシにありつけねーじゃん。つぅかもしや、メシどころじゃねー?」
「あ! もしかしたらみんなして俺らを脅そうと、携帯の電池パックを抜いた上でどっかに隠れてる、とか!」
「意味わかんねーっつーの」
和彦に頭をはたかれ勝は再びしゅんとするが、今の状況を説明するには実際のところそんな突拍子もない理由しか思い浮かばない。
「そう言えば、ちょっと変だよね」
広樹が眉を寄せ窓の外に視線をやった。そこからは広い校庭が一望できる。
「この時間なら陸上部や野球部は、いつももう練習に来てるだろう? 休みってことはないと思うんだけど」
確かに7時から練習がある部は、この時間にはもうグラウンドを走り回っているはずだ。それが人の姿どころか、動くものは猫の子一匹見えないのだ。
「もしかして、何か悪い電磁波が出て学校が立入禁止になって、俺らだけ避難し損ねた、とかっスかね!」
「笑えねぇっつーのそれ」
さっきより強く和彦からど突かれ、勝は首をすくめる。
そこまで非現実的なことではないとしても、何か異変が起きているのは紛れもない事実のようだ。
「まぁ、ここでなんだかんだ言っててもしょうがないよね。とりあえず、まずは他の連中を探してみようか」
いい意味でいつも動じない広樹の言葉に唯斗も頷く。
「そうだな。それじゃ俺とマサは一階、ヒロとカズは二階を……」
「リュウさん!」
勝が発した声に、唯斗はその視線を追って振り向いた。
やはり走って来たのだろう。練習着姿の隆輔は唯斗と目が合うとわずかに眉を寄せ、こちらに向かって歩いて来る。
その表情がいつもより硬く見えるのは気のせいか。
「リュウ、おまえ他の連中知らないか? 誰もいないんで今みんなで探そうと……」
「ユイ」
隆輔のどこか強張った声が唯斗の問いかけを遮る。その眼差しに見たこともない深刻な重々しさを感じ、唯斗は口を閉ざした。常に冷静な隆輔には珍しい動揺の垣間見える瞳に、不安が頭をもたげ始める。
隆輔は無言のまましばし唯斗を見ていたが、冷徹な守護神の尋常でない雰囲気を感じ取り無駄口を控えている他の3人に向かった。
「落ち着いて聞いてくれ。何があったのかはわからないが、明らかに町の様子がおかしい」
「おかしいって、どうおかしいんだよ?」
和彦が眉を寄せ隆輔に向き直る。
「人が誰もいない」
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