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第4話

 簡潔明瞭なその一言に4人は言葉を失った。 「いつも走る川沿いのコースはもちろん、駅へ抜ける大通りまで行ってみたが人の姿が全くない。信号は動いてるが、車は一台も走ってない。商店街の店は開いていても店員はいない。まるでゴーストタウンだ」  場に沈黙が落ちる。    部の連中だけならともかく、町の人間全員がグルでドッキリを仕掛けているなどということはあり得ない。  何かがあった、そう考えるのが自然だ。 「ここだけじゃなく町もそんな状態、となると、これは本格的に異常事態発生かな」  広樹が深刻さのない声でつぶやき、考え込むように顎に手をかける。  隆輔がわずかに眉を寄せた。 「そういえば、他の連中は?」 「テツが今買い出しに。他のヤツらは見当たらないんだ。リュウのスマホは繋がるか?」  唯斗の問いに、隆輔は首を横に振る。 「途中でおまえにかけようと思ったんだが、電源が入らなかった」 「ちょっ、本格的にヤバイわこれ。マサ先生の魔の電磁波説が有力になってこねーか?」  和彦の軽口にも誰も笑おうとしない。 「食堂のテレビをつけてみようか。何かやってるかもしれないから」  広樹の提案で、一同は速やかにそちらへと移動する。  食堂の旧式テレビの電源を入れると、ザザッと音がして画面に砂嵐が映し出された。どこのチャンネルに切り変えても無機質なその画面は変わらない。隆輔がコンセントを確認し首を傾げる。電源に異常はないようだ。 「ったく、どーなってんだよ、このポンコツ!」  腹立ちまぎれにテレビの側面に蹴りを入れようとする和彦を、唯斗は間一髪で止める。 「カズやめろ。そうだ、確か校長室にもテレビがあったっけ」 「それに職員室には、絶対誰か先生が来てるはずっスよ! 行きましょう!」  希望を見出したように走り出す勝に全員が続いた。合宿所とはグラウンドを挟んで対面にある、校舎の方へと走り出す。  昨夜まで何の異常もなかった食堂のテレビが映らないのなら、校長室のテレビも望み薄だ。  ただ勝の言うように、夏季休暇中でも職員室には当番の教員が来ているだろうし、もしかしたら他の部員達も、何らかの指示の元に校舎の方に移動しているのかもしれない。  唯斗は不安に高まる鼓動を抑えながら、隣を走るがっしりした肩を見上げた。  視線を感じたのか唯斗を見返した隆輔は、大丈夫だからというように少し頷いてみせる。何の根拠もないその保障が、唯斗の不安をいつもやわらげてくれるのだ。  校舎内も見事なくらい人の気配はなかった。夏休みだから当然なのだが、少なくとも期末試験で赤点を取った補習組の講習は今日もあるはずだ。この時間ではもう来ていなくてはおかしい。 「おーい! 誰かいませんか~?」  二階の一番奥にある職員室へ向かう廊下で、勝が声を張り上げた。ピッチ上でもよく通る高めの声は、壁に当たり虚しく反響する。校舎中に響き渡りそうな声にも反応は全くない。 「どーなってんだよ一体」  舌打ちする和彦。こういった緊張場面では常にジョークを飛ばし空気を和ます彼も、今はさすがにその余裕がないらしい。  習い性で「失礼します」と声をかけてから、唯斗が職員室の扉を開ける。  期待は見事に裏切られ、ガランとした室内はどこからどう見ても無人だった。  人がいないことを除けば、異変と言えるものは何も見当たらない。室内は全くいつもどおりで、荒らされた様子も片付けられた様子もない。通常の執務の最中に全員がちょっと席をはずしたといった感じだ。  校長室に続く最奥の扉は、もうノックも挨拶もせずに開いた。当然校長の姿はない。  和彦がリモコンを取り上げテレビに向ける。食堂のテレビより数ランク上の液晶画面は、不吉な音をさせて砂嵐を映し出した。やはり、チャンネルを変えても同じだ。 「ふざけんな!」  和彦がリモコンを床に叩き付ける。沈黙の中ジーッという異音が、うろたえる自分達を嘲笑しているかのように響く。  隆輔が床に転がったリモコンを拾い上げ電源を切った。 「何かあったのは間違いないな。それが何なのか。この地域一帯か、それとももっと広い範囲なのか。何とか状況を知る必要がある。ここにいて安全なのか、危険なのかも」  隆輔の冷静な声は不安を静める効果を持っている。真っ青になっている勝も、その言葉にかろうじて何度も頷いている。 「何かあったってレベルの問題じゃねーだろ! テレビは映らねー、スマホの電源も入らねーって、ちょっと異常過ぎやしねーか? それに北の将軍サマがとち狂ってミサイルでもぶっ放したってんなら、なんで俺達だけ避難から取り残されてんだよ! 他の部員も地域の皆サンも、昨夜のうちに一斉に全員国外退去でもしたってか? あり得ねーだろ!」    不安からくる持って行き場のない怒りを、和彦が隆輔にぶつけた。隆輔は表情を変えず、ただ無言で和彦の肩を叩き宥める。唯斗も動揺を抑え間に入った。 「カズやめろよ。ここで言い合っててもしょうがないよ」 「そうそう。俺もここはリュウに賛成だな」  広樹が珍しく隆輔を支持する発言をする。 「まずは冷静になって、状況を知ることが肝要だね。パソコン教室に行ってみようよ。ネットが繋げるかもしれないから」  唯斗も頷いた。  不安感を紛らわすには、とにかく体を動かしていた方がいい。一同はこぞって校長室を飛び出した。  職員室を横切りドアを開けた瞬間、そこに立っていた人間と出会い頭にぶつかりそうになって、唯斗は反射的に後ろに飛び退いた。  自分達以外の人間がいた。  そのことにまず希望が先に湧き上がり、反動で廊下に尻餅をついた制服の男を唯斗は期待を込めてみつめた。

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